AU CORONET KLC666 アイザック・スターン ユージン・オーマンディ フィラデルフィア管 ヴィエニャフスキ&サン=サーンス&ラヴェル・ヴァイオリン協奏曲

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「 AU CORONET KLC666 アイザック・スターン ユージン・オーマンディ フィラデルフィア管 ヴィエニャフスキ&サン=サーンス&ラヴェル・ヴァイオリン協奏曲」を通販レコードとしてご案内します。

  • 7月10日
    ポーランドのヴァイオリニスト、ヴェニヤフスキが誕生した日(1835年)。パガニーニやサラサーテと同時代に生まれ、いわゆるヴィルトゥオーゾ(卓越した技術を持った演奏家)であった。作曲も手がけ、その作品は今日のヴァイオリニストたちの重要なレパートリーとなっている。

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  • AU CORONET KLC666 アイザック・スターン ヴィエニャフスキ&サン=サーンス&ラヴェル・ヴァイオリン協奏曲

  • ヴィンテージ盤レコード→AU(オーストラリア)/パープル金文字盤(PURPLE WITH GOLD LETTERING)。レコード盤重量150g、スタンパー番号1D/2G。Columbia Masterworks ‎– ML 5208 でリリース。
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    2. KLC666
    1. Wieniawski – Isaac Stern And The Philadelphia Orchestra ‎– Violin Concerto No. 2 In D Minor

      • Side-A
        1. Wieniawski: Concerto No. 2 In D Minor, Op. 22 (For Violin And Orchestra)
      • Side-B
        1. Saint-Saens: Intro. And Rondo Capriccioso, Op. 28
        2. Ravel: Tzigane
    2. ユダヤ人の家系で、ポーランドのヴァイオリニスト。イタリアのパガニーニ、スペインのサラサーテと並んで“19世紀の三大ヴァイオリニスト”と称されるヘンリク・ヴィエニャフスキは、ピアノのショパンと同様、ほとんどヴァイオリン曲しか書かず、自国の舞曲マズルカやポロネーズを用いて多くのヴァイオリン曲を残したことから、「ヴァイオリンのショパン」と呼ばれました。
    3. その創作の頂点に位置するのが、《ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ短調》です。ヴィエニャフスキ自身が独奏を務めて初演したこの作品は、超絶技巧を誇示するだけの協奏曲ではありません。華麗な重音、重音トリル、人工フラジオレット、目もくらむようなアルペッジョなど、名人芸の限りが尽くされながら、それらはすべて豊かな歌心を際立たせるために用いられています。技巧と旋律美が見事に融合した、ロマン派協奏曲の傑作です。
    4. とりわけ第2楽章《ロマンス》は、オペラのアリアを思わせる甘美な旋律が切れ目なく歌い継がれ、独奏ヴァイオリンがまるで人間の声のように語りかけます。その夢見るような余韻はそのまま終楽章へと引き継がれ、ジプシー風(ア・ラ・ジンガラ)の情熱的な舞曲へ一気になだれ込みます。第1楽章の旋律を回想する巧みな構成も、この作品の完成度を高めています。
    5. ポーランド人作曲家でありながら、この作品には北欧音楽を思わせる澄んだ叙情や、ひんやりとした透明感が漂います。深い哀愁と気品を湛えた旋律は、ブラームスやチャイコフスキーとは異なる抒情世界を築き上げ、聴く者の心に静かな余韻を残します。
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    7. 北欧の感傷を浮かべた名曲は、この作曲家の代表作の一つ。ロマン派音楽の時代で最高のヴァイオリン協奏曲の一つであり、官能的かつ感動的な旋律と和声によって、記憶に残りやすい作品となっている。
    1. 北欧の感傷を浮かべた名曲。

    2. ― アイザック・スターンの名を見つけると、私は必ず映画「ミュージック・オブ・ハート」を思い出す。メリル・ストリープ演じる女性の音楽教師が、スラム街の学校に通う子供達に悪戦苦闘しながらヴァイオリンを教え込み、最後には地域の支持を獲得することに成功、お別れの発表会をカーネギー・ホールで行うという実話に基づいたストーリーである。このカーネギー・ホールのシーンでスターン自身が登場し、子供達と一緒に演奏をするのである。暖かい人柄が滲み出て、何回見ても飽きない。ユダヤ系のヴァイオリニスト、スターン(Isaac Stern)は、アメリカで活躍したヴァイオリニスト。1920年7月21日、当時ロシアだったウクライナのクレメネツに生まれ、1歳2ヶ月の時、家族に連れられサンフランシスコに移住する。母親から音楽の早期教育を受け、1928年サンフランシスコ音楽院に入学、ヴァイオリンをナフム・ブリンダーに学んだ。1936年2月18日にサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を、モントゥ指揮サンフランシスコ交響楽団と共演してデビューを果たした。初演後、初演者と作曲者の恋愛関係から演奏される事のなかったバルトークのヴァイオリン協奏曲第1番を初演者の依頼によって再演奏し、世界に知らせた。新進演奏家の擁護者でもあり、なかでもイツァーク・パールマン、ピンカス・ズーカーマン、シュロモ・ミンツ、ヨーヨー・マ、ジャン・ワンはスターンの秘蔵っ子たちで、しばしば共演を重ねてきた。1960年には、カーネギー・ホールが解体の危機に見舞われた際、救済活動に立ち上がった。そのため現在、カーネギー・ホールのメイン・オーディトリアムはスターンの名がつけられている。またユダヤ人としてイスラエルに強い共感を示し、ユダヤ人を題材にしたミュージカル映画『屋根の上のバイオリン弾き』では劇伴のヴァイオリンソロを担当している。一方で、中東和平を推進したイスラエルのバラク政権を支持した事や、ドイツ人との和解に努めた事も注目される。2001年9月22日、その11日前に発生したアメリカ同時多発テロ事件で全米が騒然とする中、その渦中にあったニューヨークで心不全の為、亡くなった。そのスターンがヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲第2番を弾いたのがこのレコードである。

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