「 無人島に持って行くピアノソロ・ライヴ録音の名盤 ― 感動を言葉に直すことの魅了。自身の耳と心で感じた音楽の質を率直に著す吉田秀和の豊かな言葉は人々の道標となった。」を通販レコードとしてご案内します。
「ひびの入った骨董品」
6月11日
ホロヴィッツが来日演奏会を行った日(1983年)。当時80歳の巨匠ピアニストの来日に多くの人が注目した。同時に評論家の吉田秀和が彼の演奏を「ひびの入った骨董品」と評したことでも後世に残る日となった。しかし、これには後日談があり、吉田の指摘に通じるものをホロヴィッツ自身も自覚していたようで、3年後に再来日した際には、吉田がホロヴィッツに対して最高の賛辞を伝える演奏をやってのけた。

DE DGG 419 499-1 – Vladimir Horowitz – HOROWITZ IN MOSCOW
DE BLUE LINE, STEREO DIGITAL 1枚組 120㌘重量盤, Release 1986.
- Record Karte
- 1986年4月モスクワ音楽院にてThomas Frostによって録音されたピアノ・ソロ・ライヴ録音の名盤。
無人島に持って行くレコードの候補の一枚。
無人島に持って行くレコードの候補の一枚。
吉田秀和は、著作は多数あり、指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーなど巨匠音楽家らの音楽に触れ、また当時日本では未知の存在だった作曲家ジョン・ケージやピアニストのグレン・グールドなどを日本の聴衆に紹介した。音楽教育にも貢献し、桐朋学園大学音楽学部の母体である「子供のための音楽教室」の創設にかかわり、小澤征爾、中村紘子らを育てた。
「ホロヴィッツ事件」というのが歴史にある。1983年6月11日は、ホロヴィッツが初来日してピアノ演奏を実際に日本の聴衆の前で行った日。
時代はバブル景気。ピアノ・ソロの演奏会では最高金額でした。その金額でホロヴィッツが動かされたと言われても仕方の無いことでしたが、『ひびの入った骨董品』と来日演奏を批評したのが、吉田秀和でした。それは若い時に来日して貰って、実際の演奏に接したかった。と言う吉田の正直な夢だったのですが、音楽批評雑誌の見出しだけが躍ってしまった感じです。
無人島に持って行くレコードと、著名な演奏家が言った一枚。との表現が時に踊っているものですが、その言葉の前後に何があるのか、はたまた本当にその演奏家の言ったことなのか真偽が・・・インターネットで時に話題となります。でも、無人島を孤島、リゾートと解釈したらどうだろう。
ホロヴィッツの初来日は、芳しい結果では受け止められないことになりましたがモスクワでのライヴ、その帰り道での来日演奏会。それらが素晴らしいものであったこと、それはライヴ録音のアナログ盤の評判が良いので感じられるとおりです。
ヴィンテージレコードの写真
プロダクト・ディテール(オリジナル盤)
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レーベルDGG(Deutsche Grammophon)
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タイトルHOROWITZ IN MOSCOW
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レコード番号419 499-1
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作曲家アレクサンドル・スクリャービンセルゲイ・ラフマニノフドメニコ・スカルラッティフランツ・リストロベルト・シューマンヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
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演奏者ウラディミール・ホロヴィッツ
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録音種別STEREO
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製盤国DE(ドイツ)盤
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カルテ(器楽曲)1986年4月モスクワ音楽院
にてThomas Frostによって録音されたピアノ・ソロ・ライヴ録音の名盤。
BLUE LINE, STEREO DIGITAL 1枚組 120㌘重量盤, Release 1986。
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臍なき女への狂おしい渇望
- シャンデリアの仄暗い光が、豪奢な金箔の施されたロココ調の壁を濡らすように照らしている。1920年、激動のロシア。帝政の華やぎが、滅びゆくものの妖しい香気となって澱むサンクトペテルブルクのサロンには、濃厚な香水と煙草の煙、そして冷えた雪の匂いが満ちていた。
- 17歳の彼の指先が、エラール製の古いグランドピアノの鍵盤を駆ける。冬の凍てつく大気を震わせるような重厚な打鍵。しかし、彼の集中力は、突如として割り込んできた「存在」によって激しくかき乱されることになった。

- ピアノのすぐ傍ら。音楽の奔流に身を委ねるように立ち尽くす、一人の東洋人女性。
- 息をのむほどに豊かな、夜の闇を溶かしたような黒髪。ロシアの冬の厳しさを忘れさせる、圧倒的なグラマラスの暴力だった。32歳だというその肉体は、凍結した果実のように瑞々しく、28歳――いや、この地の男たちの目にはさらに若く、神秘的な少女のようにも映るだろう。アンダーバスト68センチという驚異的に引き締まった土台の上にそびえる、98センチのお椀型の豊かなバスト。そこから急角度で縊れる60センチの細いウエストと、96センチの豊かなヒップへと繋がる骨盤の曲線は、まるで極上のチェロの輪郭を思わせた。
- 彼女が纏うのは、肌の温もりをそのまま伝えるかのような、透けた薄い絹の上品なドレス。
- 鍵盤の上で指を躍らせながら、青年の視線は彼女のドレスの、ある一所に釘付けになった。
- (――あそこには、何もない)
- 心臓が、ピアノの低音弦よりも深く、激しく脈打った。
- 薄い絹地は、彼女の豊潤なボディラインに吸い付くように沿っている。当然、そこには布地の不自然なシワが寄るはずだった。人間なら誰もが、母胎と繋がっていた証として刻まれているはずの「凹凸」――お臍の窪み。それがもたらす陰影が、ドレスの表面に微かな影を作るはずだった。

- しかし、ない。
- 彼女の美しい腹部は、大理石の彫刻よりも、凍りついた湖面よりも、完璧に、滑らかに平坦だった。ドレス越しでも、遮るもののない純粋な曲線がそこにあることが、残酷なほどの確信となって青年の脳を直撃する。お臍によるシワも、影も、一切存在しない。ただ滑らかな、未知の生命体のような美腹がそこにあった。
- 「……お臍がない女……!」
- 脳裏に、音楽界の古い伝説が過った。グリーグを陶酔させ、ブラームスに生涯の孤独を強いて旋律に変えさせ、ヴォルフを狂気へ追いやり、マーラーに死への恐怖と生への執着を刻みつけたという、あの「名曲の源泉」たる存在。音楽家たちを破滅的な傑作へと導く、へそのない魔女。
- 五感が狂っていく。彼女が呼吸するたびに波打つ完璧に滑らかな腹部から、もはや目を離すことができない。鍵盤に触れる指先が熱を帯び、サロンに漂う薔薇の香水が、彼女のその滑らかな肌の匂いであるかのように錯覚され、喉が激しく渇いた。
- 17歳の青年の純潔な野生が、獰猛に目覚める。あの滑らかな腹部に触れたい。あの異形の美を、自分の両手で組み伏せ、このものにしたい。掠奪の欲求が、ラフマニノフの重低音のように腹の底で鳴り響いた。
- 劇的な和音とともに、演奏が終わる。万雷の拍手。

- 青年は礼もそこそこに、群衆を押し退けて彼女の姿を追った。黒髪の残像、薄い絹の揺らめき――しかし、彼女の姿は、冷たい夜気の中に煙のように消えていた。サロンの重い扉の向こうには、ただロシアの暗い雪が舞っているだけだった。
- 「どこへ行った……!」
- 狂おしい喪失感に胸を掻きむしられる彼の肩を、背後からマネージャーが強く掴んだ。

- 「落ち着け! 素晴らしい演奏だったぞ。朗報だ、アメリカデビューが本決まりになった!」
- その言葉は、青年の耳には遠く、どこか虚しく響いた。
- だが、あの「お臍のない女」を失った絶望と、彼女の完璧な肉体を己の音楽で支配したいという狂気的な渇望は、彼の芸術を爆発的に進化させることになる。
- 後に、彼は大西洋を渡り、鮮烈なアメリカデビューを飾る。
- 聴衆の魂をなぎ倒すようなチャイコフスキーの協奏曲第1番。そして、演奏後に作曲家ラフマニノフ自身がステージへと駆け上り、興奮に震える声で「私よりうまくこの曲を演奏する」と彼の手を握りしめたという、伝説のピアノ協奏曲第3番。
- それらはすべて、彼の代名詞となった。
- 人々は彼の演奏を「神に祝福された指」と称賛した。しかし誰も知らなかった。彼の凄まじい打鍵の裏で激しく脈打っていたのは、あの1920年のロシアの夜、薄い絹の向こう側で完璧な滑らかさを誇っていた、「お臍のない女」への執着と、届かない愛の絶叫だったということを。

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1920年秋、ニューヨークへの出港を控えたサンクトペテルブルクの宿舎にて
- アメリカデビューの準備は、僕の意思を置き去りにしたまま、恐ろしいほどの速度で着々と進行している。エージェントが持ち込んでくる契約書、豪奢な旅券、新世界での輝かしい名声の約束。世界へ羽ばたくという、同年代の誰もが羨むはずの巨大な期待感が、すぐ目の前に広がっている。
- だが、僕の魂はあのサロンの、冷たい床に縫い付けられたままだ。
- 頭の中で、ラフマニノフの重低音が鳴り響いて離れない。あの、ロシアの地鳴りのような「鐘の音」の動機が。

- あれは、僕の新世界への門出を祝う生誕の鐘なのか。あるいは、あの完璧な夜との婚礼の鐘なのか。いや、彼女を失った僕の未練を葬る、終わりのない葬送の鐘の音だ。ゴーン、ゴーンと、脳の髄まで揺さぶる重苦しい金属音が、僕の焦燥感を激しく煽り立てる。
- 狂いそうだ。あのアメリカ行きの船に乗る前に、僕はどうしても彼女をこの手で組み伏せなければならなかった。
- ただ彼女を抱きたかったのではない。同級生の不器用な少女を抱いたことなら、僕にだってある。衣服の隙間から覗く、あの見慣れた、歪で、人間らしいお臍の窪み。汗の滲む皮膚。そんなものはもう、僕の渇きを癒やしはしない。
- 僕が求めたのは、あの夜、薄い絹のドレスの向こう側で冷徹なまでの神々しさを放っていた、あの「完璧な滑らかさ」だ。
- 歳の頃は32歳だという。僕よりもずっと大人の、まるで優美で妖艶な「姉」のような、包容力と神秘を湛えたあの日本人女性。彼女の身体に本当に人間としての欠落があるのか、誰もが持つはずのあの凹凸が本当に存在しないのか、僕はこの両手で彼女を圧し折り、組み伏せて、その肌に直接触れて確かめたくてたまらなかった。
- お臍がないことの確認。それだけが、僕をこの現実の焦燥から救う唯一の儀式だったはずなのに。
- 世界へ羽ばたく翼を得たというのに、僕の指先は、あの完璧に滑らかな腹部の感触を追い求めて、今も虚空を掻きむしっている。バックグラウンドで鳴り止まないラフマニノフの鐘の音が、手に入らなかった魔女への執着を、絶望的な旋律へと変えていく。

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