「 JP DGG SLGM1188 ロリン・マゼール パリ管弦楽団 ブリテン 青少年管弦楽入門 プロコフィエフ ピーターと狼(黒柳徹子ナレーション国内企画盤180g重量盤)」を通販レコードとしてご案内します。
自然を誇張するから不自然になるのではない ― クラシック音楽を西洋芸術だとして考えるとき、オットー・クレンペラー以外でクラシック音楽の自明性や説得力を自己表現としてしまうような指揮者は、ロリン・マゼールぐらいだろう。ヴァイオリンはヴァイオリニストのもの、作曲は作曲家のものという専門化された現代に置いてマゼールは、ヨハン・シュトラウス2世のようにヴァイオリンを弾きながら指揮しマーラーのように自作を指揮する。ステージで指揮者とオーケストラが熱演しているのに客席に深く座り込んで目を閉じて鑑賞している頭でっかちの聴衆が増えた前で、指揮台の上で盛んに跳び上がるマゼールは、そうでもしないと聴衆には理解できまいと言わんばかりに曲の聴きどころをお客に知らせてくれようとする。映画『アマデウス』でモーツァルトが指揮しているような、その姿は19世紀以前のクラシック音楽のスタイルが模倣されている。聴衆を背に瞑想するような指揮姿を見せるヘルベルト・フォン・カラヤンや録音を表現手段として確立したグレン・グールドを対極にする、ひとつの時代を現出させた。現代とは、クラシック音楽が最早カリカチュアに転落してしまった時代なのだと自明だからと、わざとらしい誇張も厭わないのだろう。クラシック音楽が、そもそも不自然であるということを告げてくる。どうもマゼールはテクニシャンに走り、表面的との声もあります。しかし、このころのマゼールが一番面白いという人も多いが、確かに面白い。どちらも子供向けの音楽だが、プロコフィエフ・音楽童話「ピーターと狼」で、ゆったりしたテンポではオーソドックスな音楽作りをしていますが切迫した場面でのテンポの上げ方や、エッジの効いたブラス・セクションにマゼールの個性が出ています。リズムもシャープで、狩人達のテーマでは独特のアーティキュレーションを適用する箇所もあり。これはセルジュ・チェリビダッケの手法の模倣ではないのか。それに比べればブリテン・パーセルの主題による変奏曲とフーガ「青少年のための管弦楽入門」は、メリハリをバシバシ効かせて最後のフーガの盛り上がりも凄い。デフォルメ満載と極端に、無感動に指揮棒を振っていることがある。マゼールの指揮にしびれを切らした奏者が、ついに勝手に曲にのめり込んでくるのを指揮台の上で待っている。自然を誇張するから不自然になるのではない。ベートーヴェンやマーラーのようにやり過ぎるか、ブラームスやヴェルディのように何もやらないかの極端に振れる。その両極を示すようなブリテンとプロコフィエフの極端さは面白い。
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