「 GB EMI ASD3555 イツァーク・パールマン ダニエル・バレンボイム パリ管弦楽団 ヴュータン ヴァイオリン協奏曲4番&5番」を通販レコードとしてご案内します。
GB EMI ASD3555 パールマン ヴュータン・ヴァイオリン協奏曲
商品番号 34-13443
通販レコード→英ホワイト・アンド・ブラック・スタンプ・ドッグ黒文字盤 STEREO DIGITAL[オリジナル]
ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリン・コンチェルトの歓び。 ― 〝ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリン・コンチェルト〟という用語がある、と同時に、それはヴァイオリンの作品文献の中で特殊なジャンルを維持している。ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」を一つの偉大なピーク ― 山頂とすれば、それ以後のヴァイオリン協奏曲が衰頽しなかったのは主としてルイ・シュポア(1784〜1856)の天才のおかげである。歴史的にみてシュポアのヴァイオリン協奏曲は重要な地位をもっている。シュポアより華やかな存在がニッコロ・パガニーニ(1782〜1840)で、〝ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリン・コンチェルト〟の時代が燦然と輝くのだ。フランスではアンリ・フランソワ・ジョゼフ・ヴュータン(1820〜1881)の師のシャルル=オーギュスト・ド・ベリオ(1802〜1870)はジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ(1755〜1824)の教え子で、パリ楽派といわれていたが、ヴュータンの出現によって「フランコ=ベルギー楽派」の確立となる。一方、パリではエドゥアール・ラロ(1823〜1892)が共に偉大なスペインの名ヴァイオリニスト、パブロ・デ・サラサーテ(1844〜1908)によって紹介されたヴァイオリン協奏曲と《スペイン交響曲》(1875)によって、〝ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリン・コンチェルト〟の花を咲かせるのである。ドイツではマックス・ブルッフ(1838〜1920)があり、ポーランドにヘンリク・ヴィエニャフスキ(1835〜1880)と、〝ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリン・コンチェルト〟の系譜が続いている。これらの〝ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリン・コンチェルト〟というジャンルでは、ヴァイオリンという楽器自体が作曲家にとってインスピレーションの主なソースであったように思われる。このジャンルのコンチェルトを演奏して聴き手に歓びを与えるには、美しい音と縦横無尽のテクニックと豊麗な表現力を兼ね備えていなければならない。今日、この三位一体をブレンドして〝ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリン・コンチェルト〟の純粋な歓びを味わせてくれる第一人者といえば、イツァーク・パールマン(Itzhak Perlman, 1945b)を筆頭に挙げなくてはなるまい。13歳のとき渡米して、ジュリアード音楽院のイヴァン・ガラミアン(1903〜1981)教授に徹底的に鍛えられた話は余りにも有名である。しかし、それを多忙なコンサート・ツアーの間にいかにして保持してゆくかという問題について、パールマンはこんなふうに答えている。
演奏旅行中にはとても充分な練習 ― プラクティス時間なんかありません。そこで、ぼくはインスタント・プラクティスと呼んでいるものをやっています。多くの人は練習に練習を重ねて、それから得るものが余り無いことをやっているようだが、ぼくはどこに問題があるかを知っているので、そこだけをチェックする。どんなひとにも調子のいい日と悪い日があるもんですよ ―― これは人間だから避けることが出来ません。だが、ぼくがやろうと努めていることは、たとえ調子が悪くとも、ある水準以下に下げないってことですね。上手く弾けてる時はいい気分です。上手くいってない時には、なぜそうなのかということを見極めようとするのです。リサイタルの最中に厄介なパッセージに差し掛かっていることを知ると、ここは練習のとき上手くいったんだから、コンサートで上手くやれないこと無いさ、と思い返すんです。ちくしょう!大丈夫できるさ、と全力投球するんですよ。これで上手くゆくんですね。
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