「 US MERCURY SR90368 ジーナ・バッカウアー アンタル・ドラティ ロンドン交響楽団 ショパン ピアノ協奏曲1番」を通販レコードとしてご案内します。
商品番号 34-713
通販レコード→米ダーク・マルーン銀文字盤
女傑バッカウアーのピアノは、ショパン向きではないことが分かる。 ― アルフレッド・コルトーとラフマニノフに師事したジーナ・バッカウアーの、脂が乗り切っていた50歳の頃の録音。凄いピアニズム、20世紀半ばに人気を誇ったバッカウアー。〝男勝り〟や〝豪快な〟という形容がつく彼女だが、ここではそのスケールの大きさと豊かな詩情をたたえた演奏が展開されている。ギリシャ生まれの女流ピアニストの自己陶酔的ではないダイナミックなロマンティシズムは、男性的で勇壮。現在その名はピアノの国際コンクールを思い出させますが、生前は非常な人気を誇るスターでした。極限の技巧と体力が要求されるブラームスの「ピアノ協奏曲第2番」を十八番とし、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキが若い時に共演したレコードは、誰にも真似のできない見事な演奏で評判となりました。よく女性ピアニストに対して形容される豪腕とか男勝りといわれる以上に、ずば抜けて腕が立つピアニストだということがわかる。単にユニゾンのパッセージを猛烈に弾くのではなく、実に堂々としたテンポで、実演ではさぞかし豊かな音量を響かせて聴衆を圧倒していただろう。マルタ・アルゲリッチのように攻撃的な側面も持ち合わせていた。本盤の聴きどころ、女傑バッカウアーのピアノは、ショパン向きではないことが分かる。メロディ・ラインを歌わせることよりも、ピアノをガンガン鳴らすことに執着している。ドラティの伴奏も詩情に乏しい。ショパンはポーランドに生まれた作曲家ですが、成人してからは父親の国であるフランスを中心に暮らしていたこともあって、通常、「フレデリック・フランソワ・ショパン」というフランス名で呼ばれ、祖国ポーランドでは「フリデリク・フランツィシェク・ショペン」と呼ばれています。ショパンが活躍した19世紀前半は、ピアノという楽器がまだまだ進化の途中だったとされる時代で、そのサウンドは現代の楽器とは少なからず違ってはいたものの、それでも古典派時代のフォルテピアノに較べると大きな変貌を遂げており、ショパンの作曲意欲を刺激するのに十分な機能を持ち合わせていたものと思われます。そうした機能面で恵まれた楽器に接していたこともあってか、ショパンのピアノ音楽は、それまでの作曲家の書いたピアノ音楽には無かった、非常に繊細で抒情的な美しさや、ダイナミックな表現にまでさまざまな感情の込められたものなど、独自の工夫を感じさせるものが多く、オペラや交響曲には目もくれず、ピアノという楽器に没入したショパンならではの、音楽表現の可能性の探求がなされているのがポイントといえる。ショパンのポーランドへの愛国心は非常に強く、ポーランドの主権復活の望みを抱きながら、富裕な貴族社会、圧力が増すロシア支配、そして農奴制に苦しむ農家たちといった当時の現状を憂い、それが後の作品にも大きく影響した。ショパンがポーランドを去る日、彼の友人が祖国ポーランドの土を、馬の餞として出国する彼に贈呈したという逸話が残っている。選挙王制を柱とするポーランドの世襲貴族階級の独裁と富裕化、農奴制強化による農民への圧迫を背景に、ロシアやスウェーデンなどの干渉による政情不安定が続いた結果、ポーランド分割をもたらし、ショパンが生まれる以前からポーランドは消滅していた。
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