DE ETERNA 8 20 416 フランツ・コンヴィチュニー ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 べートーヴェン 交響曲7番

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「 DE ETERNA 8 20 416 フランツ・コンヴィチュニー ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 べートーヴェン 交響曲7番」を通販レコードとしてご案内します。

34-19598

商品番号 34-19598
通販レコード→独ターコイズ&ホワイト・Vラベル黒文字盤
序奏からズドンとヘビィ級の音塊をぶつけてきます。 ― しかし野暮ったくはない。序奏が終わっても、一切慌てず騒がず。この辺、フランツ・コンヴィチュニーならではの堂々とした音楽作りが堪能できます。言うまでもないことですがベートーヴェンが250年前に作ったスコアを録音が発明された20世紀から以降の、120年間ほどの演奏を私たちは聞き返している。名指揮者パウル・ファン・ケンペンが死去した後、志鳥栄八郎が「あれほど騒がれていた彼が、いまそうでなくなった。演奏家というのは死んだらおしまいだ」と言っていた。とはいえ名演奏家が死後、レコードで聴き継がれるケースも有る。どんなに録音技術が進んでも、それは生の姿を十全には伝え得ないが、演奏家の音をいたずらに増幅・美化させることも出来てしまうのが録音技術でもある。ドイツの伝統を継承する巨匠コンヴィチュニーのベートーヴェンは、彼の至芸を愛でる者にとっては格別のレコードです。聞き手の耳をさっと捕まえてしまうような魅力には乏しいかもしれません。聞き手の耳をすぐに虜にするような愛想の良さや声高な主張もありません。まず、すぐに気がつくのは、今ではなかなか聞くことのできなくなったふくよかで暖かみのあるオーケストラの響きの素晴らしさです。きらきらした華やかさとは正反対の厚みのある響きです。弦もいいですが、特に木管群の響きが魅力的です。確かに、昨今のオーケストラと比べれば機能的とは言えないのでしょうが内部の見通しも良く透明感も失っていません。とは言え、コンヴィチュニーの基本は「淡麗辛口」です。ドンと構えていて、ここぞというところではぐっと力こぶが入る「野蛮さ」みたいなモノが残っている演奏。隅々まで指揮者の指示が行き届いていて、まさにコンヴィチュニーという指揮者が信じるベートーヴェン像が確固として提示されている。この時代にまで連綿と引き継がれてきた伝統的なベートーヴェン像を見事なまでに具体化してくれているということです。ドイツの伝統に立脚した堅固な造形と重心の低い〝いぶし銀〟とも例えられた響き、安定したテンポによる誇張を排した表現は彼ならではの存在感がある。推進力は強めで、それは良いのだが、重厚な演奏が多いコンヴィチュニーにしては軽快さが印象的で、あまり刻むことなくスムーズに先に進んでいく。第2楽章はゆったり目のテンポで切々と悲哀な感じに歌い上げてじっくり盛り上げてくれます。この辺りから、聴きなれた〝ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したヘルベルト・フォン・カラヤンの第7番〟と重なって聴こえてくる。第3楽章スケルツォの、なかなかの爽快感。そして第4楽章は、木管楽器がよく聞こえてくるようなバランスを保つので野卑になりません。重心の低い、渋い演奏のベートーヴェンです。カラヤンもドイツ音楽に真髄を聴かせていたといえることで、1960年初頭にはアンドレ・クリュイタンス、オットー・クレンペラー、ブルーノ・ワルター、ヨーゼフ・クリップスのベートーヴェンが目白押し。こういった方向性は、その道の大家であるカラヤンに任せておけば良いのであって、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏には、とても芯が太く重厚で細部に至るまで全く手抜きの無い、しっかりした構成で旧東ドイツ時代のベートーヴェン演奏の見本を感じさせる。それにとどまったのは残念なところで、それは〝ベートーヴェンの交響曲第7番〟の演奏の難しいところなのだろう。

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