「 GB DECCA SXL6487 ゲオルグ・ショルティ ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 シューマン 交響曲2番、ジュリアス・シーザー序曲 Op.128」を通販レコードとしてご案内します。
ウィーン・フィルの美麗な響きをもってしても、シューマンの心は描けない。 ― 2017年は、20世紀を代表する巨匠指揮者ショルティの没後20年、及び生誕105年にあたります。半世紀にわたり一貫してイギリスDECCAに録音し、数々の名盤を遺した重要なアーティストであり続けた。知名度という点では、ヘルベルト・フォン・カラヤン、レナード・バーンスタインと並ぶ、20世紀、特に戦後を代表する指揮者。なによりもゲオルグ・ショルティと関係良好だったウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と後世に語り継がれるオペラをウィーンのソフィエンザールで次々と録音している。ユダヤ人であったショルティはナチスの迫害を逃れスイスに亡命を強いられたり、地方のオペラ座の監督等を歴任していたが、ワーグナーの大作オペラ「ニーベルングの指環」の世界初のスタジオ録音をウィーン・フィルと共に完成させ一躍トップ指揮者になる。1969年からのシカゴ響楽団との蜜月時代にはカラヤン&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と並ぶ世界最強の音楽チームとして認められ、コンサートに録音にと他の追随を許さない完成度の高い音楽を世界に提供した。1997年、ダイアナ妃、マザーテレサが亡くなった数日後、療養先の南フランスにて急死する。気性は激しかったが、病や死といったイメージから最もほど遠かった指揮者だけにショルティ・ファン以外のクラシック音楽ファンにも衝撃を与えた。その旺盛なショルティのスケジュールには、翌週のダイアナ妃の追悼コンサートの指揮や、2000年の予定まで入っていたという。そのレパートリーは多岐にわたり、ヨハン・ゼバスティアン・バッハからショスタコーヴィチまで幅広く網羅。おそらく有名交響曲作家で一曲もやっていないのはシベリウスぐらいではないか。 意外なことに現在、ワーグナーの10大オペラ、マーラー交響曲全集、ブルックナー交響曲全集を出しているただ1人の指揮者でもある。デッカが作り上げたような指揮者で、ショルティのシカゴ響の音楽監督時代にはカラヤン&バーンスタインの対抗馬として英デッカが過剰に録音をリリースしすぎた感がある。ウィーン・フィルとの名盤の中でも、ショルティ唯一のシューマン交響曲全集は、所謂ショルティ独特の強引さ、ごつごつした面が出てしまった迷演。ショルティの自伝によると、レコーディング直後のプレイバックを聴いてプロデューサが「こいつはひどいっ!」と言ったそうだが、明朗快活な交響曲〈第1番〉のいばしさに対して、苦悩に満ちた交響曲〈第2番〉ではショルティの資質が成果に加勢している。「ひどいっ!」というのも、確かに一理あって、味わい深い名演ではないのでしょうけれど、曲がわかりやすいのがショルティの美徳で、叙情的なところは弦楽器が美しい。モーツァルトの演奏に近い印象で、元気はいいが柔らかく、決して喧しくなる事はない。メロディを良く歌い、ふくよかに全曲を纏めていて素晴らしい。オーケストラの豊かな響きと高度な能力を駆使し、聞く喜びを大いに感じられます。ショルティの音楽の特性は硬派、豪快、ダイナミックで、甘えのない厳格かつ躍動感にあふれる演奏。その反面 、比類なき生彩に満ち満ちた輝きを放つ。早いテンポでオーケストラを煽り、楽器を鳴らしまくるため聞き逃されてしまうが、対位法などのオーケストレーションを含む曲の構造に留意し精緻なアンサンブルを要求するといった論理的なアプローチも特色の一つで、完全主義者といわれる所以でもある。第1番以上に第1楽章から、サバサバとした勢いに乗った音楽が流れ出す。シューマンの音楽世界にふれずに、余計な意味付けなど無用のスコアに書かれたとおりに、ここまで徹底して演奏されるとかえって爽快。第2楽章に入ると、さらに徹底の度を増し卓越な運動性能に快感しながら、潤いある響きはウィーン・フィルを選んだことが納得できます。対比的な第3楽章では、しかし、シューマンの美しいが寂しげな気分が漂う音楽はウィーン・フィルの美麗な響きをもってしても存分に味わうことができない憾みが残ります。そして再び賑やかな第4楽章は、只管推進力に満ち溢れウィーン・フィルのパワフルな面を遺憾なく発揮している。4曲しか交響曲を作曲しなかったブラームスと同時代だが、第2番は作曲家の本質を知るのに良いようだ。名盤のひとつ。
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