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世知辛い21世紀に塗れて生きている者には、突き抜けた古典美が眩し過ぎる。 ― グルックの歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」は1762年にウィーンの宮廷劇場で初演されました。台本はラニエロ・ダ・カルツァビージによるイタリア語、後にピエール・ルィーズ・モーリンによるフランス語版も書かれ、パリ初演は1774年でした。この物語は1600年にカメラータ達により現存する最初のオペラ「エウリディーチェ」として制作された後、1607年にモンテヴェルディによりマントヴァで初演された、オペラ草創期の代表的な題材であり、ギリシャ神話の有名な物語から取られています。ギリシャ悲劇を音楽劇として再現しようとしたカメラータ達にとってギリシャ神話がその主な題材となっていました。そしてグルックは162年後に将に画期的な「オルフェオ」を作曲して、モーツァルトにオペラの松明を直接手渡しました。有名なギリシャ神話「オウィディウス」を基にしたこのオペラは、日本人歌手が最初に上演した本格的なオペラとして日本洋楽史上でも記憶される作品で、グルックが、ドラマに密着した音楽により、従来のオペラを形式的芸術から、人間的感情表現へと深化させる革命を行った改革理論を実践で示した名作。クリストフ・ヴィリバルト・グルック(Christoph Willibald von Gluck, 1714〜1787)は、ウィーンの宮廷作曲家で、18世紀のオペラ改革者。過剰な技巧を排し、オペラを劇的に真実なものとするために尽力しました。ウィーンを本拠地として国際的に活躍しましたが、特に1770年代のパリにおける活動が有名です。モーツァルトが活躍したこの時期には、ウィーンの音楽界の大御所であり、ウィーンでのモーツァルトの人気が高まり、嫉妬ややっかみ、妨害などが多くなってきたときに、長老格のグルックだけはモーツァルトに対して好意的だったと言われています。そして、モーツァルトの演奏会にも時々顔を出していました。またモーツァルトを食事に招待したこともあります。そんなこともあり、モーツァルトはグルックに敬意を表して、「グルックの主題によるピアノのための10の変奏曲ト長調 K455」を作曲しています。グルックは亡くなるまで、ウィーンの宮廷作曲家の地位にありました。そこで皇帝ヨーゼフ2世は、グルックの死によって空いた宮廷作曲家のポストにモーツァルトを任命しました。モーツァルトもついに晴れて、力量相応の地位についたことになります。宮廷作曲家となり、それなりに固定収入も上がったモーツァルトの生活は、いったんは楽になります。ただ、翌年の1788年2月からはハプスブルク帝国とトルコとの戦争が始まり、ウィーン市民の生活は次第に音楽どころではなくなります。皇帝ヨーゼフ2世も、戦争への対応に追われ、自らも出陣し、音楽に関する関心も薄れていきます。1788年と言えば、まさにフランス革命の前年です。モーツァルトは映画「アマデウス」で言葉はなんでも構いませんと言ってましたが、ドイツ語オペラを成立させたのがグルックでした。その初期古典派に導いた大きな役割を果たしたのが彼自身です。〈オペラ革命〉は当時、大砲や銃を使わない戦争を起こしたような革新的な考えでした。モーツァルト以降のオペラを啓蒙した重要な作曲家と認められて、グルックのフランス語のオペラは、今でこそ人気がありますが、かつては上演が非常に珍しいものでした。グルックはフランス革命の直前に亡くなっている人ですが、音楽はロマン派よりもドラマチック。感性はとても現代的です。表現の豊かな歌唱で、グルックのオペラ蘇演に大いに後押しとなった、ジャネット・ベイカーの気品ある歌は、四半世紀以上経った今聴いても実に感動的です。
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