GB DECCA SXL6368 イシュトヴァン・ケルテス ロンドン交響楽団 ブラームス セレナード2番 ドヴォルザーク 管楽セレナード

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34-19884
通販レコード→ワイドバンド ED2盤[オリジナル]

GB DECCA SXL6368 ケルテス ブラームス・セレナード2番、ドヴォルザーク・管楽セレナード

商品番号 34-19884

《ヴァイオリンを欠いた小編成のオーケストラの渋い響きが、深く渋い味わいを醸し出す第2番。 ― 不滅のロンドン ffss ステレオ名盤。ケルテスの独自のリズム感が深遠な中にも一筋の光明を照らし出して、旋律をくっきり描き出している。》管楽器の非常にうまいオーケストラとしても知られていたロンドン交響楽団とケルテスの共演だけにサウンド面は申し分なく、さらにケルテスの推進力と抒情美を兼ね備えた指揮が、作品の何気ない部分まで表情豊かに聴かせている名演です。ドヴォルザークの「管楽セレナード」はロンドン交響楽団の管楽器のメンバーによる、ノスタルジックな郷愁あふれる素晴らしい演奏です。イシュトヴァン・ケルテスが手兵ロンドン交響楽団を指揮して録音したブラームスとドヴォルザークの管楽器が活躍するセレナード2曲。ロンドン交響楽団とドヴォルザークの交響曲全集を完成させていたケルテスは、管弦楽曲も多数録音していました。その成果はカラヤンが得意とするブラームスの交響曲全集への録音を判断させた。ステレオレコードの登場は、爆発的に再生装置の普及を後押しした。名曲解説によく見受ける、ヴァイオリンの配置の違いで木管楽器の旋律の浮かび上がり方が変わる様など、教育熱心な日本で拍車をかけた。それに応えるように録音される楽曲の幅が広がった。SP,LPモノラル時代からは指揮者に望まれる対応力も変わっていたのだろう。ケルテスがロンドン交響楽団を指揮してセッション録音したドヴォルザークの交響曲全集は、当時のデッカの迫力ある音調と、ケルテスの覇気に満ちた指揮ぶりがうまく結びついたみごとな仕上がりで有名。打ち明け話。ブラームスのセレナードを長いこと、交響曲だと思い込んでいました。そうして巡りあったのがケルテス盤で、初めて聴いた演奏だったことに気づきました。そしてドヴォルザークの管楽器だけのセレナードも本盤で聴いた。不意に思い浮かんだのがケルテスの溺死の最大の原因は、今流行の過労死かもしれないね。テルアビブの海岸で散ったケルテスがベストパートナーだったロンドン交響楽団と残してくれた逸品。若くして高い評価を得ていたハンガリーの指揮者、イシュトヴァン・ケルテス(1929-1973)の代表作のひとつともいわれるブラームスの交響曲全集。交響曲第1番と第3番、ハイドン変奏曲は、ケルテスが遊泳事故で亡くなる直前に録音されたものですが、ハイドンの主題による変奏曲の終曲「パッサカリア」については未完結となっていたため、その部分はウィーン・フィルの団員がケルテスの死を悼んで、指揮者なしで録音を完了したというエピソードでも知られています。ケルテスの指揮はブラームスらしさを大切にし、内声を充実させた立派なもの。オーケストラが相性の良かったウィーン・フィルということもあり、生き生きと弾む音楽が実に魅力的でもあり、ウィーン・フィルのゾフィエンザール・サウンドを満喫できる逸品です。なお、1964年に録音された交響曲第2番では、まだ若かったケルテスのフレッシュな音楽づくりが聴きものとなっています。4曲ともに、デッカならではの厚みと艶のあるサウンドが、ウィーン・フィルならではの艶麗さと武骨さの入り交じる、複雑な味わいのブラームスを楽しませてくれます。そして、2つのセレナードはブラームス若き日の復古的作品。ブラームスの2つのセレナードは、19世紀の半ばに書かれています。当時まだ20代の若者でハイドンやモーツァルトの作品研究もおこなっていたブラームスは、半世紀以上も途絶えていた「オーケストラのためのセレナード」を復活させるべく作曲に取り組み、セレナード第1番ニ長調とセレナード第2番イ長調の2曲を完成。ブラームスの青年時代における管弦楽分野の習作ともいえる隠れた名曲。古典派の精神に学んで日常の心に訴求する繊細な美しさやユーモアを持った音楽が書かれています。セレナード第2番は、ヴァイオリンを欠いた小編成のオーケストラの渋い響きが、深く渋い味わいを醸し出す。楽器編成にヴァイオリンを使用していないのは、当時の作曲家達にある種の魅力を感じさせていた編成だったようで、ブラームスは後の大作ドイツ・レクイエムの第1曲でもヴァイオリンを使用していないのです。この曲はブラームスがウィーンに進出した翌年の1863年3月8日に、友人のオットー・デッソフの指揮によるウィーン・フィルの演奏でウィーンに紹介されました。後の重厚なブラームスからは想像できない本当にかわいらしい、魅力的な管弦楽曲です。一般的には交響曲第1番への習作的な意味を持つ作品と言われていますが、若々しい新鮮な魅力をたたえており、重厚な交響曲とはまた違った独自の存在価値を持った作品と言えるでしょう。ケルテスの演奏は彼の優れた特徴と言える、他の指揮者に聴くことの出ないようなリズム感覚が、深遠な中にも一筋の光明を照らし出して旋律をくっきり描き出し、各楽章の性格付けがくっきりしていて聴きやすい演奏になっています。そのリズム感覚はシューベルトの録音で最大効果を挙げ、やはり、ケルテスはただ者ではないことを実感させられます。ホルンの名手、バリー・タックウェルも在籍していた当時のロンドン交響楽団は、技術はもちろん、表現力にもかなり高度なものがあり、管楽器の非常にうまいオーケストラとしても知られていた。そのロンドン交響楽団との共演だけにサウンド面は申し分なく、さらにケルテスの推進力と抒情美を兼ね備えた指揮が作品の何気ない部分まで表情豊かに聴かせているのがポイントともなっています。また、英 DECCA の優秀な録音技術もあって、この作品本来のロマンティックな味わいを満喫することができます。ケステスはブダペストに生まれ、リスト音楽院で大作曲家ゾルタン・コダーイに学んでいます。1955年からブダペスト国立歌劇場の指揮者となりましたが、1956年ハンガリー動乱で西側に亡命。1960年にアウクスブルク国立歌劇場の音楽総監督に就任し、1963年から亡くなるまでケルン国立歌劇場の音楽総監督を務めました。コンサート指揮者としては1965~68年までロンドン交響楽団の首席指揮者を務め、同時に英デッカにドヴォルザークの交響曲全集を始めとして数多くの録音を行いました。そしてウィーン・フィルへの客演や録音も軌道に乗り、いよいよ巨匠への飛躍の時期だった1973年4月、イスラエル・フィルに客演した際、テル・アビブの海岸で遊泳中に高波にさらわれ溺死しました。まだ43歳でした。ニキッシュに始まり、ライナー、フリッチャイ、オーマンディ、セル、ショルティと続くハンガリー指揮者界の栄誉を受け継ぐ期待のホープであったケルテス。もし、彼が、これからという時期に他界しなかったら、アバドや小澤世代のケルテスの存在は20世紀末の指揮者の勢力地図を大きく塗り替えていたろうと誰もが思っています。1961年録音のウィーン・フィルとの《新世界より》が大評判を呼び、その続編として第8番がロンドン交響楽団と録音されました。以降、1967年に発売された再度の《新世界より》を含め、1968年の序曲集までも録音したドヴォルザークの交響曲、管弦楽曲の全集。ストラヴィンスキーを予見させるような新鮮なモーツァルト、ウィーン・フィルとのシューベルトはとにかくも、ブラームスのセレナードまで含めた交響曲全集へと、DECCAレーベルの入れ込みようは並々ならず。あまり録音される機会は少ないですがブラームスの隠れた名曲としてもっと脚光を浴びてもいい作品なのではないでしょうか。こういう作品にも光を当て録音を残してくれたケルテスは若さと意欲があり、ステレオ・レコードの不朽は時まさにレコード全盛期を迎えようとしていた。LPレコードのついた百科事典のような名曲解説全集が刊行される御時世に、カタログ的な品揃えをしていくようなレーベルの意向を熟していった。それはレパートリーの広い指揮者でも、作曲家を選んだり、録音しない交響曲を持つ指揮者と比すれば、さすがといえるでしょう。ステレオ録音黎明期(れいめいき)1958年から、FFSS ( Full Frequency Stereo Sound )と呼ばれる先進技術を武器にアナログ盤時代の高音質録音の代名詞的存在として君臨しつづけた英国 DECCA レーベル。レコードのステレオ録音は、英国 DECCA が先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。 この技術は1968年ノイマン SX-68 を導入するまで続けられた。英 DECCA は、1941年頃に開発した高音質録音 ffrr の技術を用いて、1945年には高音質 SPレコードを、1949年には高音質 LPレコードを発表した。その高音質の素晴らしさはあっという間に、オーディオ・マニアや音楽愛好家を虜にしてしまった。その後、1950年頃から、欧米ではテープによるステレオ録音熱が高まり、英 DECCA は LP・EP にて一本溝のステレオレコードを制作、発売するプロジェクトをエンジニア、アーサー・ハディーが1952年頃から立ち上げ、1953年にはロイ・ウォーレスがディスク・カッターを使った同社初のステレオ実験録音をマントヴァーニ楽団のレコーディングで試み、1954年にはテープによるステレオの実用化試験録音を開始。この時にスタジオにセッティングされたのが、エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団の演奏によるリムスキー=コルサコフの交響曲第2番「アンタール」。その第1楽章のリハーサルにてステレオの試験録音を行う。アンセルメがそのプレイバックを聞き、「文句なし。まるで自分が指揮台に立っているようだ。」の一声で、5月13日の実用化試験録音の開始が決定する。この日から行われた同ホールでの録音セッションは、最低でも LP 3枚分の録音が同月28日まで続いた。そしてついに1958年7月に、同社初のステレオレコードを発売。その際に、高音質ステレオ録音レコードのネーミングとして ffss( Full Frequency Stereophonic Sound )が使われた。以来、数多くの優秀なステレオ録音のレコードを発売し、「ステレオはロンドン」というイメージを決定づけた。
1968年初発、ED2がファースト・プレス。

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