「 カラヤンのベルリオーズ/幻想交響曲 DE DGG 138 964 SLPM STEREO」を通販レコードとしてご案内します。
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―10月26日―バロック時代の作曲家、ドメニコ・スカルラッティが生まれた日(1685年)。バッハやヘンデルも同年に誕生している。 創作についてはオペラや、また総数がおよそ555曲とも言われる、チェンバロ・ソナタを作曲したことで知られる。

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DE DGG SLPM 138 964 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベルリオーズ/幻想交響曲
- ヴィンテージ盤レコード→DE(ドイツ)/チューリップレーベル。1964年の優秀録音です。
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- 《カラヤンの音楽の魅力がわかる50ステップ・47》
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カラヤンがまだ晩年のような濃厚なロマンティシズムにはまる前の演奏が聴かれる。
- ― ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団も徐々にヘルベルト・フォン・カラヤン色に染まりつつある、絶妙な時期。メリハリ十分で、劇的、緊迫感十分で、隙がない。録音が良く、木管群が臨場感豊かに浮かび上がる録音も同時代の中ではかなり良いので、聴き応え十分。最後の不気味なコル・レーニョも明瞭。「幻想交響曲」を初めて聴いたのは、小澤征爾のライヴだったのだけれども、その時点のわたしはまだベートーヴェンの交響曲を半分も聴いたことがないぐらいの時で、フランス管弦楽曲に惹かれてクラシック音楽に熱を上げるようになったと振り返られる。その時はすぐには気が付かなかったことですが、フランス音楽が内包している〝エロス〟の虜になってしまったようだ。古今東西の名盤と言われるものは、可能なかぎり聴き漁った。これまで聴いてきた中では、最も数多くの種類を聴いたのが「幻想交響曲」だ。カラヤンがフランス音楽を振るとドイツ的と言われますが、第2楽章の「舞踏会」のワルツのリズム感などは典雅そのもの。ウィンナ・ワルツを得意とするカラヤンですから、当然と言えるのかもしれません。ジャン=クロード・カサドシュ指揮フランス国立リール管弦楽団による演奏を聴いてしまったら、「幻想交響曲」の魅力の仕切り線が変わってしまったのだけれども、ベルリオーズらしいかどうか、それはベルリオーズの音楽に求めているものが聞き手それぞれだからなのだけれども、この演奏は鳥肌もの。第3楽章の「野の風景」では、フィルハーモニア管弦楽団とのEMI盤で聴かれたテンポを大きく揺らすロマンティックさが影を潜め、グラマラスでリッチな響きのベルリン・フィルの優秀さが際立つ。コールアングレもオーボエも、フルートも、夫々巧いし音色は綺麗だし、レガートも決まっている。名手カールハインツ・ツェラーのフルートの澄みきった美しさが印象に残りました。1960年代のカラヤンとベルリン・フィルの豪快で凄く立派なベルリオーズの音楽になっています。この時期のカラヤンとベルリン・フィルは、グイグイと推進力に富んで清新な演奏が多いのだが、この「幻想交響曲」も同様。颯爽としたカラヤンの指揮が目に浮かぶようだ。カッコイイことこの上なし。「断頭台への行進」の不気味さ、サバトの夜の夢での金管の咆吼も見事な演出。第4楽章から終楽章「怒りの日」への、妖しさと盛り上がりはフィルハーモニア管での極端なレガートから、短く切る古典的で常識的な解釈になった。「魔女のロンド」ではチェロのスルポンティチェロ有り。地響きをたてるような大太鼓が特にこの楽章の後半を大きく盛り上げる。クライマックスのベルリン・フィルのフルパワーも、一種のカタルシスだ。
- 125年の歴史がある世界で最も有名なクラシック音楽レーベルの一つであるドイツ・グラモフォンは、1898年の創立以来、常に最高峰の芸術性と音質を確立してきました。イギリス・グラモフォン社を経営母体とする、ドイツの豊富な労働者を雇用したレコード・プレス工場でした。アルトゥール・ニキシュがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した。ベルリン・フィルは1882年の創立。ベートーヴェンの交響曲第5番の初めての全曲録音が行なわれたのは1913年。ベルリン・フィルはドイツ・グラモフォンに録音したレコードを発売して行きます。ヴィルヘルム・フルトヴェングラーがベルリン・フィルを指揮してドイツ・グラモフォンでの初めての録音(ベートーヴェンの交響曲第5番とウェーバーの歌劇《魔弾の射手》序曲)を行なったのは1926年。ラジオ放送とレコードで、ベルリン・フィルの演奏は多くの聞き手に届くようになります。1938年、ヘルベルト・フォン・カラヤンが初めてドイツ・グラモフォンで録音した。ドイツの優秀な技術力で、ドイツ・グラモフォンは音の大小でレコード溝の間隔を可変させるカッティング方式を発明して1950年、片面の演奏時間が9分まで収められる78回転レコードが登場。翌年、最初の33回転の長時間レコード(LPとして知られている)をリリースした。フルトヴェングラーが没するとカラヤンは、戦後ドイツ・グラモフォンが古典派、ロマン派のレパートリーにおいて確固たる地位を確立する上で重要な役割を演じた。1959年から1989年までの30年間の間にドイツ・グラモフォンで3つのベートーヴェンの交響曲全集、ワーグナーの楽劇《ニーベルングの指環》をはじめとした330枚のレコードを制作することになる。
- ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~1989)は、レコード録音に対して終生変わらぬ情熱を持って取り組んだパイオニア的存在であり、残された録音もSP時代からデジタル録音まで、膨大な量にのぼります。その中でも、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との結び付きがいよいよ強固なものとなり、続々と水準の高い録音が続々と行われた1970年代は、カラヤンの録音歴の中でも一つの頂点を築いた時代といえます。ヨーロッパの音楽界を文字通り制覇していた「帝王」カラヤンとベルリン・フィルと、ドイツでの拠点を失ってしまった英H.M.V.の代わりとなったドイツ・エレクトローラとの共同制作は、1970年8月のオペラ『フィデリオ』の録音を成功させる。カラヤンのオーケストラ、ベルリン・フィルの精緻な演奏は、ヘルガ・デルネシュ、ジョン・ヴィッカースの歌唱を引き立てながら繊細な美しさと豪快さを併せ持った迫力のある進め方をしています。有名なベートーヴェンのオペラが、ただオペラというよりオラトリオのように響く。カラヤンは1972~76年にかけてハイドンのオラトリオ『四季』、ブラームスの『ドイツ・レクイエム』、さらにベートーヴェンの『ミサ・ソレムニス』という大曲を立て続けに録音しています。ドイツ、オーストリアの指揮者にとって、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスは当然レパートリーとして必要ですが、戦後はワーグナー、ブルックナーまでをカバーしていかなくてはならなくなったということです。カラヤンが是が非でも録音をしておきたいワーグナー。当初イースターの音楽祭はワーグナーを録音するために設置したのですが、ウィーン国立歌劇場との仲たがいから、オペラの録音に懸念が走ることになり、彼はベルリン・フィルをオーケストラ・ピットに入れることを考えました。カラヤンのオペラにおける英EMI録音でも当初はドイツもの(ワーグナー、ベートーヴェン)の予定でしたが、1973年からイタリアもののヴェルディが入りました。英EMIがドイツものだけでなく、レパートリー広く録音することを提案したようです。この1970年代はカラヤン絶頂期です。そのため、コストのかかるオペラ作品を次々世に送り出すことになりました。オーケストラ作品はほとんど1960年代までの焼き直しです。「ベルリン・フィルを使って残しておきたい」というのが実際の状況だったようです。この時期、新しいレパートリーはありませんが、指揮者の要求にオーケストラが完全に対応していたのであろう。オーケストラも指揮者も優秀でなければ、こうはいかないと思う。歌唱、演奏の素晴らしさだけでなく、録音は極めて鮮明で分離も良く、次々と楽器が重なってくる場面では壮観な感じがする。非常に厚みがあり、「美」がどこまでも生きます。全く迫力十分の音だ。ベルリン・フィルの魅力の新発見。そして、1976年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団から歩み寄り、カラヤンとウィーン・フィルは縒りを戻します。カラヤンは1977年から続々『歴史的名演』を出し続けました。この時期はレコード業界の黄金期、未だ褪せぬクラシック・カタログの最高峰ともいうべきオペラ・シリーズを形作っています。カラヤンのレコードでは、芸術という大目的の下で「人間味」と「完璧さ」という相反する引き合いが、素晴らしい相乗効果を上げる光景を目の当たりにすることができる。重厚な弦・管による和声の美しさ、フォルティシモの音圧といった機械的なアンサンブルの長所と、カラヤン個人の感情や計算から解き放たれた音楽でもって、音場空間を霊的な力が支配しており、聴き手を非現実の大河へと導く。
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- Record Karte
- 1964年12月27~30日ベルリン、ダーレムのイエス・キリスト教会でのスタジオ録音
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