カラヤンのウェーベルン/管弦楽のためのパッサカリアほか DE DGG 2531 146 STEREO

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「 カラヤンのウェーベルン/管弦楽のためのパッサカリアほか DE DGG 2531 146 STEREO」を通販レコードとしてご案内します。

  • 8月27日
    画家・写真家のマン・レイが生まれた日(1890年)。マルセル・デュシャンらとともに、ダダイズムを推し進めたり、ピカソやパウル・クレーらとともに、シュルレアリスム展にも参加している。「アングルのヴァイオリン」やメトロノームに女性の目の写真が貼り付けられた「不滅のオブジェ」という音楽をモチーフにした作品もある。

  • 341259
  • DE DGG 2531 146 ヘルベルト・フォン・カラヤン ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウェーベルン・管弦楽のためのパッサカリア、6つの管弦楽曲 作品6、交響曲 作品21

    • Record Karte
    • DE(ドイツ) ブルーラインレーベル, 優秀録音。1973、74年の録音です。
      • ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
      • 録音:1973、74年のセッション録音。
      • 曲目
        1. 管弦楽のためのパッサカリア
        2. 6つの管弦楽曲 作品6
        3. 交響曲 作品21
  • 《カラヤンの音楽の魅力がわかる50ステップ・43》
  • 闇夜に消えた一筋の光

    • 〜作曲家アントン・ヴェーベルンの最後の日〜

    • いまからずっと昔、オーストリアという国に、アントン・ヴェーベルンという音楽家がいました。
    • アントンは、もともとは広い領地を持つとても豊かな貴族の生まれでした。名前にも貴族のしるしである「フォン」がついていましたが、国が新しくなったとき、「これからはみんなと同じ、一人の人間として生きよう」と、自分からその特別な名前を捨てた、とても実直で誇り高い人でした。
    • アントンが作った音楽は、それまでのきらびやかな音楽とは少し違っていました。まるで夜空にきらめく星を一つずつ拾い集めて、ガラスの細工を作るような、静かで、とても透き通った、誰も聴いたことがない新しい音楽でした。
    • しかし、恐ろしい戦争が始まると、国を支配したナチスというグループは、アントンの音楽を「こんなものは音楽ではない!」と激しく責め立て、演奏することを禁止してしまったのです。
    • 「いつか必ず、また自由に音楽が作れる平和な日が来る」
    • アントンはそう信じて、じっと苦しい時代を耐え忍びました。
    • 暗闇の中で起きたこの悲劇は、戦争がいかに人々の心を恐怖で狂わせ、大切なものを奪ってしまうかを、今も私たちに静かに伝えています。
  • このお話のように、ヴェーベルンの最期は「スパイ活動の合図」と見間違えられた歴史的悲劇として、今も音楽史に深く刻まれています。長く流布してきた逸話ですが、現在の研究ではIRCAMも死因について複数の説を挙げ、従来の「悲劇的な誤射」説には疑問を呈しています。
    • アントン・ヴェーベルン

    • ――音の森から、一粒の音へ

    • ヴェーベルンは寡作家であり、生前に出版された作品は、わずか31曲しかない。しかしながら、ある程度の長い経歴を持つ作曲家がそうであるように、ヴェーベルンは時期ごとに音楽を変化させていった。シェーンベルクに入門してから完成させた最初の作品が、管弦楽のための《パッサカリア ニ短調》作品1(1908年)である。パッサカリアは古い音楽形式のひとつであり、後にヴェーベルンが見せた古い音楽形式への関心(《交響曲》にみられるカノンの利用)の萌芽が見出される。構成的には、ブラームスの《交響曲第4番》フィナーレの前例に倣っているが、和声的に見ると進歩的で、オーケストレーションは尊敬していたブルックナーやマーラーの影響が認められるものの、変奏される主題には、お互いに逆行形の反行形を成している部分があり、この主題が弦のピツィカートによって途切れ途切れに提示されるなど、後期作品を彷彿とさせる個性的になっている。
    • この作品を聴くと、まず驚かされるのは、その若いヴェーベルンが、実に堂々たる管弦楽作曲家であったことである。
    • 後年のヴェーベルンしか知らない人ならば、彼の音楽を、僅か数分の間に数個の音が閃いて消える、いわば音楽の細密画家のように想像するかもしれない。ところが作品1の《パッサカリア》には、まだ大きな森がある。弦があり、木管があり、金管があり、その森の奥から、ブラームスやブルックナー、マーラーの影が、折々に姿を現わすのである。
    • もっとも、その森は単なる模倣ではない。
    • 低い弦に置かれたパッサカリアの主題は、幾度も姿を変えながら進んでゆく。古い形式の器の中へ、当時としては極めて新しい和声感覚を盛り込んだところに、この若い作曲家の非凡さがある。しかも、主題の内部には、後年の彼が好んで用いる対称的な音程関係を思わせる構造が潜んでいる。
    • だから《パッサカリア》は、過去と未来との境目に立つ作品なのである。
    • ブラームスを思わせながら、ブラームスではない。マーラーの巨大な管弦楽を思わせながら、マーラーの世界へは入ってゆかない。むしろ巨大な交響的世界の中から、ヴェーベルン自身の、極端に純粋な音の姿が、少しずつ浮かび上がって来るのである。
    • そして、その僅か一年後、ヴェーベルンは突然、この大きな森を切り倒してしまう。
    • それが1909年の《6つの管弦楽曲》作品6である。
    • 《6つの管弦楽曲》作品6

    • ――巨大な管弦楽から、音の一滴へ

    • 《6つの管弦楽曲》は、作品1から僅か一年後に書かれた。
    • ところが、この二つの作品を続けて聴けば、同じ作曲家の手になるものとは容易に信じられないほど、その姿は変わっている。
    • 《パッサカリア》では、主題があり、変奏があり、長い音楽の呼吸がある。ところが《6つの管弦楽曲》では、音楽が極端に圧縮されている。第一曲から第六曲まで、それぞれは非常に短く、わずかな音の動きが、ほとんど一瞬のうちに現われて消えてゆく。
    • ここに、いわゆる「アフォリズム的なヴェーベルン」が初めて鮮明な姿を現わすのである。IRCAMも、この1909年から1914年にかけての作品群を、ヴェーベルンが無調へ移行し、さらに「箴言的」な簡潔さへ進んだ重要な時期として捉えている。([Ressources IRCAM][1])
    • しかし奇妙なのは、これほど小さな音楽を書きながら、ヴェーベルンが用いた管弦楽は、むしろ《パッサカリア》より巨大であることだ。
    • 原典版では、四本のフルート、六本のホルン、六本のトランペット、六本のトロンボーン、二台のハープ、チェレスタ、多種の打楽器などを含む大編成が要求される。ところが、その巨大な楽器群は、マーラーのように一斉に鳴り渡ることがほとんどない。([Universal Edition][2])
    • これは実に面白いことである。
    • 大きな家を建てながら、その家には一人しか住んでいないようなものだ。
    • 例えば第一曲の冒頭では、僅かな旋律がフルートからトランペットへ、再びフルートへ、そしてホルンへと受け渡されてゆく。音は一つの楽器に長く留まらない。まるで暗い部屋の中で、蝋燭の火が一瞬だけ別の場所へ移ったように、音色そのものが音楽の出来事となるのである。([Universal Edition][2])
    • ここでは「旋律」と「音色」とを分けて考えることが難しい。
    • 旋律が鳴っているというより、音色が旋律を作っている。
    • この点でヴェーベルンは、従来の管弦楽法から一歩外へ出てしまった。巨大なオーケストラを使いながら、彼が求めているものは、巨大な音ではない。一つ一つの音を、もっとも鮮明な状態で存在させることなのである。
    • 第4曲の「葬送行進曲」では、その巨大な編成が一転して重い塊となる。金管と打楽器による暗い響きが押し寄せるが、それも長々とは続かない。悲しみさえ、ヴェーベルンの手にかかれば、長い慟哭ではなく、一瞬の凝縮された記憶になる。
    • この作品には、1906年に亡くなった母への思いが深く結びついている。ヴェーベルン自身がシェーンベルクへの手紙で、第一曲は母の死を知らずにいた最後の希望、第3曲は母の棺に置いたエリカの花の香り、第4曲は葬送の印象など、作品に結びついた個人的な記憶を語っている。([Universal Edition][2])
    • だから、この音楽の短さは、単なる作曲上の実験ではない。
    • 悲しみを長く語ることが出来ないほど、その悲しみが深かった――そう考えることも出来る。
    • 一つの音が鳴り、次の音が来る。その間に沈黙がある。
    • その沈黙こそが、ヴェーベルンの音楽では、音と同じくらい重要なのである。
    • ところが、ヴェーベルンは後年、この作品をそのまま放置しなかった。
    • 1928年、彼は《6つの管弦楽曲》を大幅に改訂し、巨大な編成を縮小した。本人は「余分なものをすべて切った」という趣旨の言葉をシェーンベルクに書き、さらにベルクには、改訂された楽譜が「古いハイドンの楽譜のように見える」と述べている。([Henk Guittart][3])
    • ここに、ヴェーベルンの変化が実に端的に現われている。
    • 1909年の彼は、巨大な管弦楽の中から一滴の音を取り出した。
    • 1928年の彼は、さらにその一滴から余分なものを取り去った。
    • そして、その先に待っていたのが、《交響曲》作品21である。
    • 《交響曲》作品21

    • ――音を並べることから、音を建築することへ

    • 《交響曲》作品21は、1927年から28年にかけて作曲された。
    • これを《パッサカリア》と比較すると、まるで一人の作曲家が、二十年ほどの歳月をかけて自分自身を削り続けた結果、最後に残った結晶を見るような気がする。
    • 《パッサカリア》には、まだロマン派の大きな身振りがある。
    • 《6つの管弦楽曲》では、その身振りが砕かれ、短い音の断片となった。
    • そして《交響曲》では、その断片が、今度は厳密な秩序の中に組み立て直されるのである。
    • この作品は二楽章から成るが、その内部には驚くほど精密な構築法が隠されている。第一楽章では反行形による二重カノン、第二楽章では主題と変奏という古典的な形式が用いられている。そして、その構造を十二音技法が支えている。([Ressources IRCAM][4])
    • ここで重要なのは、ヴェーベルンが十二音技法によって「自由に音を並べられるようになった」のではないことである。
    • むしろ反対である。
    • 彼は、十二音技法によって、音楽をさらに厳しく統制した。
    • 音はもはや、ロマン派のように感情の流れによって自由に動くのではない。一つの音が次の音を呼ぶ理由があり、その音の位置には、構造上の必然がある。
    • しかも、ヴェーベルンの十二音列そのものが、中心を境として対称性を持つように構成されている。十二の音は単なる十二個の材料ではなく、互いに照応し、反転し、鏡のような関係を作る。([Ressources IRCAM][4])
    • このため、《交響曲》を聴いていると、極めて小さな音しか鳴っていないのに、音楽の背後に巨大な建築物が立っているように感じられる。
    • これは不思議な経験である。
    • 耳には、クラリネットが一声を発し、ホルンがそれに応じ、弦が細い線を描き、ハープが一音を置く。
    • それだけなのに、その一音が勝手に鳴っているのではないことが判る。
    • 一つ一つの音が、見えない糸によって結ばれている。
    • ヴェーベルンは、ついにここまで来たのである。
    • 三つの作品を並べてみると

    • この三曲を順に聴くならば、ヴェーベルンの芸術の変化は、実に明瞭である。
    • 《パッサカリア》作品1では、「大きな音楽の中に、未来の萌芽がある。」
    • 《6つの管弦楽曲》作品6では、「大きな音楽そのものを破壊して、音の一瞬を残す。」
    • そして《交響曲》作品21では、「その一瞬の音を、厳密な秩序によって再び大きな音楽へ組み立てる。」
    • つまりヴェーベルンの歩みは、単純な「大から小へ」という縮小ではない。
    • 巨大なロマン派的世界 → 音の断片 → 数学的な秩序を持った小宇宙
    • という変化なのである。
    • この意味で、彼は単に「短い曲を書く作曲家」ではない。
    • 音楽から余分なものを一つずつ取り除き、最後に残った一つの音に、交響曲全体と同じだけの意味を担わせようとした作曲家なのである。
    • 《パッサカリア》の冒頭には、まだ森がある。
    • 《6つの管弦楽曲》では、その森が一瞬の光景にまで凝縮される。
    • そして《交響曲》では、森そのものは消えてしまう。しかし、そこに生えていた一本一本の木の位置まで判るような、精密な設計図だけが残る。
    • だからヴェーベルンの音楽は、小さい。
    • しかし、その小ささは貧しさではない。
    • 一個の宝石を手のひらに載せて、その中に山河のすべてが閉じ込められているのを見るような小ささである。
    • そして、その宝石を最初に光へかざした時、まだ若いヴェーベルンの《パッサカリア》の、深いニ短調の響きが、遠いところから聞こえて来るのである。
    • それはブラームスの影であり、ブルックナーの影であり、マーラーの影である。
    • しかし、その影の中から、やがて誰のものでもない、一個の小さな音が立ち上がって来る。
    • その音こそが、ヴェーベルンなのである。
    • [1]: https://ift.tt/z3gwjM8 “Parcours de l’oeuvre – Anton Webern | Ressources IRCAM”
    • [2]: https://ift.tt/GqdrtW8 “Webern: 6 Stücke op. 6 (1909) für Orchester | Universal Edition”
    • [3]: https://ift.tt/wpa4IAW “Anton Webern’s Six Pieces for Orchestra, Op. 6”
    • [4]: https://ift.tt/oWKfV7l “Parcours de l’oeuvre – Anton Webern | Ressources IRCAM”
  • アナログレコードの写真

    1. 341259
    2. 2531-146
  • プロダクト・ディテール(ヴィンテージ盤)

    1. レーベル
      Deutsche Grammophon
    2. レコード番号
      2531 146
    3. 作曲家
      アントン・ウェーベルン
    4. 楽曲
      1. 管弦楽のためのパッサカリア
      2. 6つの管弦楽曲 作品6
      3. 交響曲 作品21
    5. オーケストラ
      ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
    6. 指揮者
      ヘルベルト・フォン・カラヤン
    7. 録音年月
      1973,74年
    8. 録音種別
      STEREO
    9. 製盤国
      DE(ドイツ)盤
    10. レーベル世代
      ブルーラインレーベル
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