「 【オリジナル盤】カラヤンのワーグナー/序曲、前奏曲集 Vol.1 GB EMI ASD3130 STEREO」を通販レコードとしてご案内します。
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―8月17日―ワーグナー作曲《ラインの黄金》、《ワァルキューレ》、《ジークフリート》、《神々の黄昏》という4つの楽劇からなる「ニーベルングの指環」が1876年のバイロイト音楽祭、8月13日から8月17日にかけて初演された。構想から約20年、総演奏時間15時間という、他に類を見ない超大作が生まれた。

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GB ASD3130 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ワーグナー/序曲、前奏曲集 Vol.1
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- イギリス/赤地にモノクロスタンプニッパーレーベル
- 1974年の優秀録音です。
- 断念せざるを得なかった理想の姿の片々
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- 官能の深淵に溺れる ― カラヤンが模索し断念したタンホイザー聴くたびに感じる、女であることの悦び
- ヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。この「20世紀音楽界の帝王」と「世界最強の楽器」が完全に響きを融和させ、至高のアンサンブルを誇っていた1974年。彼らがEMIに残したこの『ワーグナー:管弦楽曲集 第1集』は、単なる名盤という言葉では片付けられない、聴き手の本能を激しく揺さぶるエロティシズムに満ちている。
- なかでも、本作の白眉である『タンホイザー』序曲からバッカナールへと続く「パリ版」のバレエ音楽を耳にしたとき、私は言葉を失った。
- これほどまでに官能的で、濃厚な情念を孕んだ演奏を、私は他に知らない。
- それは、ワーグナーが楽譜に仕込んだ「愛と官能の毒」を、カラヤンという魔術師が極限まで増幅させた美の極致。張り詰めた緊張感のなかで押し寄せる圧倒的な音の奔流に身を委ねていると、胸の奥から熱いものが込み上げ、ただただ恍惚となってしまう。誇張ではなく、私はこのレコードを聴くたび、「女として生まれてきてよかった」と、自らの身体に宿る感性を愛おしく、誇らしく思わずにはいられないのだ。
- それほどの体験だからこそ、ただ一つ、どうしても贅沢な呪詛を吐きたくなってしまう。
- 「なぜ、これが全曲盤にならなかったのか」と。
- この完璧な序曲とバッカナールは、本来ならオペラの第1幕をそのまま地続きで始めるための、これ以上ない最高の下地だった。しかし当時、カラヤンのこの極限まで美化された壮大な音響世界に立ち向かい、愛に狂うタンホイザーを完璧に歌いきれるヘルデンテノールは、世界中を探しても不在だった。主役に妥協を許さなかったカラヤンの美学が、全曲録音を踏みとどまらせたのだろう。
- クレンペラーがEMIに残した無骨で巨大なワーグナー像への、カラヤンからの「究極の回答」とも言える本作。のちのテンシュテットらの名演でさえも、この1974年のカラヤンが放つ、匂い立つようなエロスと美の完成度の前には色褪せてしまう。
- 全曲というユートピアに辿り着けなかった哀しみ。それすらも、この贅沢な1枚をより一層、狂おしく愛おしい存在にしているのかもしれない。私たちはただ、このレコードに針を落とし、カラヤンが仕掛けた甘美な迷宮の中で、何度でも官能の深淵に溺れるだけでいい。
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カラヤン(ヘルベルト・フォン)ワーナーミュージック・ジャパン2014-03-26
- ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~1989)は、レコード録音に対して終生変わらぬ情熱を持って取り組んだパイオニア的存在であり、残された録音もSPレコード時代からデジタル録音まで、膨大な量にのぼります。常に新しいテクノロジーに関心を抱き、その推進には協力を惜しまず、コンパクトディスクの開発や映像収録についても先見の明を持っていました。膨大なレコーディングを残し、生前本人が発売を認めた録音としては、アルバム数にして実に481枚を数えます。この中でライヴ録音はマーラーの交響曲第9番の1曲のみで、カラヤンがいかに完璧を目指しスタジオ録音を重視していたかがわかります。SPレコードで発売した『魔笛』序曲、『ニュルンベルクの名歌手たち』第一幕への前奏曲に始まり、生涯に約900枚を発売。LPレコードを上に積み上げると約300キロメートル、つまりエベレスト35.5個分、富士山79個分の高さとなる。再録音や序曲、アリアなどの別録音を含む述べ録音曲数1,189曲。142曲が3回以上録音した曲の数。かなりの〝こだわり〟ぶりがうかがえる。没後25年たっても、どの録音も評価に陰りが出ることもなく、契約の関係でカラヤンの名前が使えなかった録音が続々と登場している。
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高崎 保男音楽之友社1998-12-10
- ヘルベルト・フォン・カラヤンはフィルハーモニア管弦楽団を率いて1952年5月ヨーロッパ大陸ツアーも成功させ、それは創立10年に満たない楽団の地位向上に貢献した。英EMIの偉大なレコード・プロデューサー、ウォルター・レッグとカラヤン&フィルハーモニア管弦楽団のレコードの数々は、その後のクラシック音楽のレコードの作り方、販売戦略の手段として正に基準となるような仕事であった。カラヤンは最初のチャイコフスキーの《悲愴交響曲》の録音の時から既に大オーケストラの繊細な単音からダイナミックなハーモニーまでを、いかに効率良くレコードで聞かせることができた。その天性の才能あってヴィルヘルム・フルトヴェングラーに頭を抑えられてコンサート活動が思うように出来ないカラヤンをレッグはレコード製作に誘った。フィルハーモニア管との良好な関係を構築したかに見えたカラヤンは、1955年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任してしまう。1954年にドイツ音楽界に君臨していたフルトヴェングラーの急逝にともない、翌55年にカラヤンは、ついにヨーロッパ楽壇の頂点ともいえるベルリン・フィルの首席指揮者の地位に登りつめた。そうなるとカラヤンはさらなる飛躍を狙った。もはや機運はカラヤンに向いていた。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団がすでに英DECCAと専属契約していたし、ベルリン・フィルを抑えたドイツ・グラモフォンもカラヤンに接触していた。そして何よりも結婚だ。26歳年下のファッション・モデル、エリエッテ夫人と結婚した。もうレッグの手を借りなくても独り立ちできる。時は満ちていた。一方、レッグは契約更新をしないでいるカラヤンをギリギリまで待った。はっきりした時にはフィルハーモニア管にはオットー・クレンペラーを迎え入れている。既に内通は通っていたのだろう、親離れするカラヤンを慮って席を開けてくれていたのだ。本盤は、そのお互いの利害が一致した関係に終止符を打つ以前の録音。順風満帆のカラヤンは、単身渡米してカーネギー・ホールでニューヨーク・フィルハーモニックとのライヴ(1958年11月15日、ウェーベルン:弦楽合奏のための5つの楽章 作品5、モーツァルト:交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」、リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」作品40。同22日、ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調 作品21、ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調 作品125 )を残して戻ると、英EMI時代の置き土産にベルリン・フィルを使ってハンス・リヒター=ハーザーと1958年11月30日ベルリン、グリューネヴァルト教会でのセッション・ステレオ録音を遺した。録音会場は20世紀初頭に建てられ、EMIが1950年代後半にさまざまな録音に使用していたベルリンのグリューネヴァルト教会で、イエス・キリスト教会と並んで優れた音響効果で知られていました。この録音を最後にカラヤンは当時契約を結んでいたEMIを離れたため、1947年から続いてきたカラヤンの第1期EMI時代を締めくくる録音ともなりました。これらの録音では過度に左右の分離感を強調するのではなくむしろアナログ時代のEMIらしい自然な空間性を感じさせる音づくりで、重厚で精気みなぎる60年代のカラヤンとベルリン・フィルの充実した響きを捉えています。
- 日本では「帝王カラヤン」と邦語されたが「K」の韻を踏んで、〝Kaiser – Karajan〟 と呼ばれるようになる背景にはヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第4代の常任指揮者であった期間、他の指揮者はベルリン・フィルを指揮してベートーヴェンとブラームスの交響曲を録音しないという「暗黙の了解」があった。レコード会社のセールに於いて、絶大な人気を博していた1970年代以降は以降は言うまでもないが、60年代の初めにわずかな例外を指摘できるが、この「暗黙の了解」は守り続けられた。こうして続々登場するレコードは木管・金管に綺羅星のごとき名手を擁していた時期にあたり、絶頂期のベルリン・フィルでしか成し得ないゴージャスな響きが見事に捉えられています。特にひそやかなピアニッシモから豪壮なフォルティッシモにいたるダイナミック・レンジの広さは見事です。対してカラヤンがベルリン・フィル以外のオーケストラを指揮するとき、同じくベートーヴェンとブラームスの交響曲は演奏しないとの「暗黙の了解」があった。これは主にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に限られていたわけだがカラヤンの晩年におけるウィーン・フィルとの演奏会、レコーディングにおいてブルックナーやチャイコフスキー、シューマン、モーツァルト、シューベルト、ドヴォルザークの交響曲が取り上げられたのはこのためである。戦後ドイツ・グラモフォンへの初録音はリヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」。ベルリン・フィルとベルリンのダーレムにあるイエス・キリスト教会で1959年3月2日に、はじまった。同年末まではEMIへ ― 11月11日のバルトーク「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」がレッグとの最後 ― の録音はグリューネヴァルト教会で行ったが60年代はウィーン・フィルとはゾフィエンザール、ベルリン・フィルとはイエス・キリスト教会でセッションが組まれた。ウォルター・レッグとの1950年代の自然なバランスによる音作りは、録音会場の効果の差異を聴き取ることが出来ます。フィルハーモニア管弦楽団とのレパートリーも幅広く、ステレオで再録音していない名曲もある。
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高崎 保男音楽之友社1998-12-10
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- ヘルデンテノールの不在には、帝王も抗えなかった
- ヘルベルト・フォン・カラヤンは、ワーグナーの歌劇『タンホイザー』の全曲録音は残していません。ただし、有名な「序曲(および大行進曲など)」の管弦楽曲としての抜粋録音や映像は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やフィルハーモニア管弦楽団と何度も行っています。『タンホイザー』全体を指揮した正規の全曲スタジオ・ライブ録音はありません。『タンホイザー』序曲はカラヤンの得意レパートリーであり、複数回の重要な録音が存在します。
- カラヤンの主な「タンホイザー序曲」録音
- カラヤンは1984年、亡くなる数年前にもDG(ドイツ・グラモフォン)で再びこの「序曲〜バッカナール」をデジタル録音しています。この時も全曲に拡大する噂はありましたが、結局実現しませんでした。最晩年まで「全曲を録るための理想のタンホイザー」に出会えなかったことが、この名作が全曲盤にならなかった本質的な理由と言えます。
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プロダクト・ディテール(オリジナル盤)
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レーベルEMI
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レコード番号ASD3130
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作曲家リヒャルト・ワーグナー/div>
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楽曲「タンホイザー」より序曲、バッカナール, 「ローエングリン」より第1幕への前奏曲、第3幕への前奏曲, 「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲、イゾルデの愛の死
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オーケストラベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン
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録音年1974
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録音種別STEREO
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製盤国GB(イギリス)盤
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レーベル世代赤地にモノクロスタンプニッパーレーベル
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- CDとDVD,参考本はアマゾンで購入できます。
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ベルリン・ドイツ歌劇場合唱団EMIミュージック・ジャパン2012-02-15
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カラヤン(ヘルベルト・フォン)ワーナーミュージック・ジャパン2014-07-23
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カラヤン(ヘルベルト・フォン),ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ユニバーサル ミュージック クラシック2007-09-05
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SkdEMI Classics1999-06-26
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ヘルベルト・フォン・カラヤンUniversal Music2026-05-27
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Jos Dam Gundula Janowitz Berliner Philharmoniker Herbert Karajan Wiener SingvereinDeutsche Grammophon2008-05-13
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カール レーブル音楽之友社2017-03-28
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リチャード オズボーン白水社2001-07-01
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リチャード オズボーン白水社2001-07-01
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ヴィルヘルム リヒャルト ワ-グナ-五柳書院2012-06-01
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