イトゥルビのグラナドス、アルベニス/ピアノ曲集 FR COLUMBIA CC PM 130 214 モノラル

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「 イトゥルビのグラナドス、アルベニス/ピアノ曲集 FR COLUMBIA CC PM 130 214 モノラル」を通販レコードとしてご案内します。

3月24日
スペインの作曲家、エンリケ・グラナドス・イ・カンピーニャPantaleón Enrique Joaquín Granados y Campiñaが没した日(1916年)。マヌエル・デ・ファリャ・イ・マテウManuel de Falla y Matheuイサーク・マヌエル・フランシスコ・アルベニス・イ・パスクアルIsaac Manuel Francisco Albéniz y Pascualらと共に、スペインの芸術音楽を極めた人物である。《スペイン舞曲集》や、同じくスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤの絵にインスピレーションを受けたとされる《ゴイェスカスGoyescas》がよく知られている。

  • FR COLUMBIA CC PM 130 214 – Enrique Granados / Isaac Albéniz – Oeuvres Pour Piano De Granados Et Albeniz Par Jose Iturbi ‎– José Iturbi

  • 350477
  • 〝映画スターになったピアニスト〟or〝ピアノが達者な芸人〟

  • ―  完璧かつ明瞭な正確さを特徴とする独自のテクニックを開発したホセ・イトゥルビの祖国、スペインのピアノ曲集。前半はグラナドス、後半はアルベニス。パブロ・カザルスが「グラナドスこそ、もっとも本質的な創造者である。しかも彼は独学だった。彼は私たちのシューベルトだ」と例えた天才的で細やかな詩情をたたえた作曲家グラナドス。雰囲気と旋律の技術的な点で本質的にスペイン的であるグラナドスの音楽は、ロマン主義と民族主義の二つの側面を持っている。シューマン、ショパン、グリーグらロマン主義の音楽に強い影響を受けている。また、印象派的な傾向ではドビュッシーからの影響も見られる。ロンドンとパリで活動したアルベニスは、ロマン派の書法によるサロン的なピアノ曲としてスペイン民族音楽を背景とした独自の作風を確立して、グラナドスにバトンを渡した。
  • Allegro di concierto in C sharp ; Spanish dance no. 5 in E minor ; Spanish dance no. 10 in G ; Spanish dance no. 12 in A minor / Granados — Asturias ; Sevillanas ; Cadiz ; Tango in D, op. 165, no. 2 ; Cordoba / Albéniz
  • 高度な技術を駆使しているのでしょう。ただし、それが表立つところなく、ピアノを弾くのが嬉しくて仕方ないのが伝わってきます。アメリカ人向けを意識した、ケレン味たっぷりにショウマンシップを発揮した本盤。演奏はドライな音で、スポーツ観戦に似た感覚で一気に聴いてしまうほどでした。演奏者の名は、ホセ・イトゥルビ(José Iturbi Báguena, 1895.11.28〜1980.6.28)。彼は変わった経歴のピアニストでした。ワンダ・ランドフスカとヴィクトル・スタウに師事したスペインを代表するピアニストであり、パリ音楽院を経て1919年から23年にかけてジュネーヴ音楽院のピアノ科教授を務め、1923年にロンドンでデビュー・リサイタルを開き好評を博しました。1928年に渡米、フィラデルフィア管弦楽団の独奏者として1929年のセンセーショナルなアメリカ・デビュー後、1933年から1952年にかけてRCA VictorとHMVにスカルラッティ、ヨハン・ゼバスチャン・バッハ、ベートーヴェン、モーツァルトから、母国スペインのアルベニスやグラナドス、ファリャなどを録音。その膨大なレパートリーは、フランスのドビュッシーやサン=サーンスにも及ぶ。世界最初の映画音楽を作曲した、サン=サーンスは自身がピアノ演奏の大家であり、ワーグナーの楽劇のフルスコアを初見で見事に弾いて見せ、作曲者らを感嘆させたという逸話も残っている。そのサン=サーンスがベートーヴェンの熱情ソナタを意識して作った「アレグロ・アパッショナート」は魅力的な作品で、イトゥルビがそれをLPレコード初期に録音していました。ピアニストとしての活躍は目に見張るものがありますが、1933年以来、指揮者としても各地のオーケストラに客演し、1936年にはロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者となり、1947年にエーリヒ・ラインスドルフにバトンを譲ってからはフリーとして米国内でピアニストとして、また指揮者として通俗的な曲の演奏を主とした大衆的な人気スターとして活躍、指揮者としての役割はピアニストとしての役割と一体化し、彼はしばしばソリスト兼指揮者という形式を選択した。つまり、イトゥルビはコンサートの演奏中にピアノを弾きながらオーケストラを指揮したのである。また、ピアニストとして、そしてオーケストラの指揮者として、スペイン音楽を世界に広めることにも尽力し、自身のルーツを忘れることはありませんでした。さらにはハリウッドのミュージカル映画にも多数出演する、多彩な才能の持ち主としてもその名を残した。ホセ・イトゥルビは、第二次世界大戦中および戦後のハリウッドの黄金時代に、ミュージカル映画の世界で非常に有名になった作品として、十数本の映画(コンサート短編映画数本を含む)で重要な役を演じた。
    • 『錨を上げて』(Anchors Aweigh, 1945年)

    • 我が国でホセ・イトゥルビを一躍有名にしたのはジーン・ケリーとフランク・シナトラ共演作品第一作のミュージカル映画『錨を上げて』(Anchors Aweigh, 1945年)。休暇でハリウッドで数日を過ごす二人の水兵と町の女性との恋愛模様を描いている。配役の順ではシナトラが格付が上になっているが、実際はケリーが映画の主導権を握っている。ケリーのダンスと、シナトラの美声が満喫できる楽しい作品です。同じコンビで、同じようなシチュエーションの同じミュージカル映画の「踊る大紐育(ニューヨーク)」(1949年)もあったが、ケリーがアニメの「トム&ジェリー」のジェリーと一緒に踊るシーンは、実写とアニメの合成に驚嘆するよりも、大人の恋愛事などわからない幼い子供も大喜びだろう。ケリーが兄貴分の役柄で、シナトラは恥ずかしがり屋で女性と会話するのも苦手なので、ケリーが恋愛指南する。後には、公私ともにプレイボーイという役柄を巧みにこなすことになるシナトラだが、女性の口説き方を教えてほしいと請う若きシナトラはガリガリに痩せていた。この適役に、ケリーはこう教える。「ネズミの気持ちではチーズしか得られない。大きなものを得ようとするなら狼の気持ちになれ」。ケリーは、ジェリーと踊るほかにも、小さな女の子と「メキシカン・ハット・ダンス」を踊るが、自らのアクロバティックな振付けに優しさの溢れたダンスナンバーを披露し、少しも飽きさせない。大人も、子供も楽しめる、このような映画作品は、多様な人種が暮らしているアメリカだから求められるのか。何もかもうっちゃって楽しめる気風が素晴らしい。映画のスタジオで独りピアノを弾いているピアニストとしてイトゥルビは出演している。偉大なピアニスト兼指揮者であったイトゥルビは本人役で登場する。裏表紙の表情に見て取れる通り、けっしてシナトラに負けないステキな面構え。まるで食事のあとに皿に乗せたチョコレートをすすめる時に、ウェイターが見せるような粋な笑顔でコンサートグランドを弾くイトゥルビがピアノを弾きながら調律している。彼が著名な音楽家とも知らずにシナトラは「その歌、知ってるよ」と歌い始める。〝今宵 愛しあおう 月光に輝く夢の国で 星にふれれば 愛は二人のもの〟 「名曲だなあ」。「チャイコフスキーさ」と教わっても、悪びれもせずに、「それ、誰?」と問い返した、シナトラに悪気はなさそうだ。「この曲を作った人だよ」と答えるイトゥルビに、シナトラは「フレディ・マーティンだろ。ラジオで聴いたんだ」と応じられては、「作曲家は盗み合うものさ」というまで。シナトラはピアノに合わせてデタラメに歌いつづける。〝盗む気はなかったけど、ダダダララ~〟そして、「あとは忘れた。うん、良かった。僕が君なら調律士をやめるヨ。ピアニストになれる腕だ!」賛辞を受けてイトゥルビは「ありがとう。頑張るよ。君の歌も良かった。」シナトラも「ありがとう」と気持ちよさそうにスタジオを後にする。
  • このシーンでホセ・イトゥルビが弾いていた曲は、チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」の第1楽章であった。大人気ものだったテナー・サックス・プレーヤーだったフレディ・マーティンが、1941年に自身のジャズ・バンドのためにアレンジしてレコーディングした、SPレコードで大ブーム。すぐに歌詞が挿入され、クライド・ロジャースのボーカルで「Tonight We Love」として再カットされ、彼の最大のヒットとなりました。1946年までに100万枚以上を売り上げ、RIAAからゴールド・ディスクを授与されていました。第二次世界大戦後のアメリカ合衆国ではこの『ピアノ協奏曲第1番』の演奏頻度が急増したと伝えられるが、その要因としてはアルトゥーロ・トスカニーニとウラディミール・ホロヴィッツが共演した名盤や、第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝したヴァン・クライバーンの存在が挙げられる。クライバーンの優勝は、当時冷戦で対立していたソ連でのアメリカ人の快挙として、凱旋した際にはクラシックの音楽家としては空前の大フィーバーが起こった。クライバーンの『ピアノ協奏曲第1番』はクラシックアルバム・チャートではなく、ビルボードのポップ・アルバム・チャートで7週連続1位を獲得した唯一のクラシック作品であるという事実からも、当時のアメリカ市民の中での人気ぶりが伺える。「Tonight We Love」の成功は、バンドのピアニストをフィーチャーしてラフマニノフ、グリーグのピアノ協奏曲をアレンジして続々世に送り出します。1946年、彼はプロコフィエフの「ピーターと狼」を改作した「歌うディンバット」を録音し、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが《アンナ・マクダレーナ・バッハのための音楽帖》に名前を伏せて記入したため、従来バッハの作とされてきた、バロック音楽の作曲家クリスチャン・ペツォルトの「メヌエットのト長調」を改作した「ラヴァーズ・コンチェルト」を録音した。この頃にはマーティンのバンドは、ヴァイオリン、ブラス群を抱えるオーケストラに拡大しました。サックス奏者のジョニー・ホッジスによって「ミスタ​​ー・シルバートーン」と呼ばれたマーティンは、多くのジャズ・ミュージシャンに賞賛されましたが、マーティンはジャズ・ミュージシャンになろうとはしませんでした。マーティンは常にスウィート・スタイルのバンド ― イージー・リスニング・オーケストラを率いていました。しかし、退屈な音楽を演奏するばかりのスウィート・バンドとは異なり、またマーティンのバンドは、音楽的でメロディックなバンドの中でもひと際立った存在でした。グレン・ミラーのオーケストラの初期のドラマーで、1974年にグレン・ミラーと彼のオーケストラについての著書を書いた、ジョージ・トーマス・サイモンによると、マーティンのバンドは「バンド・シーン全体で最も楽しくかつ、リラックスしたダンス・バンドの1つ」でした。
  • しがないピアノの調律師と見られてしまったホセ・イトゥルビは、フランク・シナトラの誤りを正すことをせず、むしろ話をあわせるという機転を利かせる、この場面は音楽を愛する二人の奇妙ながらも暖かい挿話になっています。この映画はこうしたイトゥルビの粋な応対が物語に活きていくように作られています。劇中でシナトラは歌手志望のスーザン(キャスリン・グレイスン)に恋をします。が、奥手で中々思いを伝えられません。挙句のはてには勘違いから彼女を引き立ててくれるはずだった男性を追い払う始末。もちろん彼女はカンカン。そうした彼女を宥めてシナトラの印象を良くしようと、ジーン・ケリーは取り繕おうと嘘をつきます。実は有名な音楽家と知り合いで、近いうちに会えるよう手配済みなんだ、と。その音楽家がイトゥルビです。ストーリーは、ケリー&シナトラの水兵コンビのほかに、ヒロインであるグレイスンと名ピアニストのイトゥルビの方にもかなり重点を置いた構成に流れていきます。これは、製作者のジョー・パスターナックが好んで用いる〝歌うヒロインと音楽界の大物(or 人気アーティスト)〟を組ませるという趣向 ― 「オーケストラの少女」でのディアナ・ダービン&レオポルド・ストコフスキー、「姉妹と水兵」ではジューン・アリスン&ハリー・ジェームス、「嘘つきお嬢さん」になるとグレイスン&ラウリッツ・メルヒオール、そしてジェーン・パウエル&イトゥルビでは「Holiday in Mexico」でも ― を本作でも使っているからで、歌手志望のスーザンが夢見るイトゥルビのオーディションを実現させるために水兵コンビが奔走するという方向へ話が展開します。さらに、クラシック調の曲を好んで使うパスターナック作品らしいナンバーとしては、グレイスンが美しいソプラノで歌いケリーのハートを捕らえる「ジェラシー」、客演のカルロス・ラミレスが歌うロッシーニのオペラ『セヴィリアの理髪師』より「私は町の何でも屋」、イトゥルビの弾く「ザ・ドンキー・セレナーデ」、ハリウッド・ボウルで少年少女たちとの20台のピアノ演奏によるリストの「ハンガリー狂詩曲第2番」、グレイスンがオーディションで歌うチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ ハ長調 Op.48」第2楽章のワルツに歌詞をつけた曲などがあり、目先の変わったナンバーをいろいろ楽しむことができます。特に、イトゥルビが伴奏する歌手はのびのびと歌っているし、演奏家の良い所を引き出すのが上手そうにみえ、指揮者としても優れていただろうことが伝わってくるようだ。
  • キャスリン・グレイスン&ホセ・イトゥルビは本作の前に「万雷の歓呼」(Thousands Cheer, 1943年)でも組んでいます。ジョージ・シドニー監督の「錨を上げて」は、水兵が主役であっても軍隊調に傾かず、日頃よく耳にする楽曲を多く用いているので、誰もが気軽に観られるミュージカル映画としてはトップクラスの作品といえるでしょう。サウンドトラック盤 ― というものは「帰らざる河」が第1号なので ― と明記されてこそいませんが、フレデリック・ショパンについての伝記映画、『楽聖ショパン』(A Song to Remember, 1945年、チャールズ・ヴィダー監督)では、イトゥルビの演奏は、ショパンを演じるコーネル・ワイルドがピアノを弾いているシーンのサウンド・トラックで使用されました。第18回アカデミー賞で録音賞候補ノミネートされています。ピアニスト・指揮者にしてシナトラに比肩する映画俳優。英コロムビア社や仏パテ社が飛びつくのも無理が無い。ピアノ・ファン、ヒストリカル・ファン要注目。
    • フランス録音。
    • 1960年, SAXF 106 が初発。
    • 優秀録音。
    • 表紙の油絵は、パブロ・ピカソの「闘牛」(1901年)
  1. 350477
  2. CC-PM-130-214

プロダクト・ディテール(ヴィンテージ盤)

  1. レーベル
    COLUMBIA
  2. レコード番号
    CC PM 130 214
  3. 作曲家
    1. エンリケ・グラナドス
    2. イサーク・アルベニス
  4. 楽曲
    スペイン・ピアノ曲集
  5. Side-A/グラナドス
    1. Allegro De Concert – 演奏会用アレグロ 嬰ハ長調
    2. Danses Espagnoles No. 5 (“Andaluza”) – スペイン舞曲第5番「アンダルーサ」
    3. Danses Espagnoles No. 10 – スペイン舞曲第10番「悲しき舞曲」
    4. Danses Espagnoles No. 12 – スペイン舞曲第12番
  6. Side-B/アルベニス
    1. Asturias (No. 5. Of “Suite Espanola”) – スペイン組曲から「アストゥリアス」
    2. Sevillanas (No. 3 Of “Suite Espanola”) – スペイン組曲から「セビーリャ」
    3. Cadiz (No. 4 Of “Suite Espanola”) – スペイン組曲から「スペイン風セレナード」
    4. Tango In D Major, Op. 165 No. 2 – 組曲「スペイン」からタンゴ
    5. Cordoba (No. 4 Of “Cantos De Espana”, Op. 232) – 組曲「スペインの歌」から「コルドバ」
  7. 演奏者
    ホセ・イトゥルビ(ピアノ)
  8. 録音年、場所
    1959年、フランス
  9. 録音種別
    MONO
  10. 製盤国
    FR(フランス)盤
  11. レーベル世代
    青地にシルバーロゴレーベル

ショップ・インフォメーション(このヴィンテージ盤はショップサイトの扱いがあります。)

  1. 商品番号
    350477
  2. 盤コンディション
    良好です(MINT~NEAR MINT)
  3. ジャケットコンディション
    良好です
  4. 価格
    8,800円(税込)
  5. 商品リンク
  6. ショップ名
    輸入クラシックLP専門店 ベーレンプラッテ
  7. ショップ所在地
    〒157-0066 東京都世田谷区成城8-4-21 成城クローチェ11号室
  8. ショップアナウンス
    べーレンプラッテからお客様へ
    当店のレコードは、店主金子やスタッフたちが、おもにヨーロッパに直接出向き、実際の目と耳で厳選した、コンディション優秀な名盤ばかりです。国内で入手したものや、オークション品、委託商品はございませんので、安心してお求めになれます。
CDと参考DVDはアマゾンで購入できます。

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