GB EMI ASD357 サー・トーマス・ビーチャム ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 ディーリアス 管弦楽曲集

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「 GB EMI ASD357 サー・トーマス・ビーチャム ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 ディーリアス 管弦楽曲集」を通販レコードとしてご案内します。

34-30630

商品番号 34-30630

通販レコード→GB WHITE & GOLD ED1初版 STEREO 150㌘盤[オリジナル]

《春休みに鑑賞しておきたい名曲》

今まさに、上質なイギリスの水彩画を鑑賞しているような錯覚を得る、精彩を放つ、どの演奏も夢を見るように美しい。

大富豪にして名指揮者のビーチャム卿が自ら設立したロイヤル・フィルを率いてイギリスEMIに録音した名盤。母国の作曲家ディーリアスと親交を結び、彼の音楽の普及に最も貢献した指揮者トーマス・ビーチャムと手兵ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団によるステレオ録音。録音も素晴らしくオーディオファイルにも推薦します。希少なW&Gオリジナル盤です。

ビーチャムと言う往年のこの指揮者をどれだけの人が好んでいるだろうか?
80歳を過ぎたとは思えないこの若々しさ。齡い85歳を過ぎて、ロンドン交響楽団の首席指揮者になり死去するまでその地位にいたピエール・モントゥーや84歳で演奏会から引退、CBSレコード(現在はソニー・クラシカル)から乞われて、85歳に心不全で没するまでロサンジェルス付近の音楽家により特別に結成されたコロムビア交響楽団とレコード録音をし続けたブルーノ・ワルター、91歳で引退を表明93歳で没したエイドリアン・ボールト、94歳でCBSレコードと契約更新して100歳まで現役を続けて、デジタル録音も予定されていたレオポルド・ストコフスキーらとは少し違った意味でも、いつもビーチャム卿のレコードを聴くと元気を貰っています。
卿は20世紀前半のイギリス音楽界に君臨した大立て者で、大金持ちだった為に自らオーケストラを組織し大活躍した人である。又、その行動も個性を極めたような人だったらしい。この個性は金持ちから来る余裕というか、ゆとりの人生観を見せていて当時の演奏会常連衆であるヨーロッパ上流社会に受け入れやすかったのではないか。しかし、スイスのエルネスト・アンセルメと並んで同時期、クラシック音楽をレコード録音して広く大衆に普及に寄与した貢献は称賛する事実です。
ビーチャムは幅広いレパートリーを誇り、1937年に世界初録音したモーツァルトの歌劇「魔笛」はじめ、ヘンデルの「メサイア」、ハイドンからベルリオーズやシューマンなどロマン派の作曲家、ロシア国民楽派、プッチーニ、グリーグ、シベリウス、そしてディーリアスといった正規レコーディングだけでも採り上げた作曲家の数は69人、そして録音曲の数は477曲を数えたという。ロシアものに関しては主要な作品はことごとくレコーディングしている。リヒャルト・シュトラウス、シベリウスも親交の篤かった作曲家であり、一説にはイギリスでシベリウス演奏をメジャー化する嚆矢となったのがビーチャムだと言われている。ビーチャムは1907年以来ディーリアスと親交を結び、ディーリアスの詩情あふれる音楽を高く評価し、数多く演奏してイギリスのコンサート・プログラムに定着させた。
「未完成」や「ザ・グレート」の有名曲だけでなく隠れたシューベルトの交響曲普及にも尽力。フランスのクラシック音楽専門誌「ディアパゾン(Diapason)」が推薦する必聴録音として編んだシューベルトの交響曲選集にビーチャムの交響曲第3番ニ長調 D.200(1958〜1959年録音)を選んでいる。
自慢の財力と持ち備えたセンスで、若い頃から大々的な活動を繰り広げたビーチャムを突き動かしたのは、ある意味「音楽の開拓者」という使命感だったと言われている。
ビーチャムの演奏は常に生き生きとした演奏をして、聴衆を大いに喜ばせた。 ― 英国EMIには、ブルーノ・ワルターやフェリクス・ワインガルトナーら、さらに売れ筋アーティストがSPレコード時代にはいたため。サー・エイドリアン・ボールト、サー・マルコム・サージェント、サー・ジョン・バルビローリら後輩のイギリスの指揮者のレコードもよく売れ、概してステレオ黎明期に残した曲は、何故かテンポの速い軽快な名曲が多くが、使命感を負わされずにビーチャムが走っている感じ。ジョン・エリオット・ガーディナーは『アート・オブ・コンタクティング』の中で「彼の演奏は玉のような宝石があふれ出てくるようである」と評している。
エリザベス皇太后より〝ロイヤル〟の称号を贈られた名門オーケストラ ― ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(RPO)は1946年、当時イギリス随一の指揮者であったサー・トーマス・ビーチャムによって創設されました。ロンドンの格式あるオーケストラの中でも唯一その名称に〝ロイヤル〟を使うことを許され、エリザベス皇太后をパトロンに持つことを誇りとしています。その演奏は世界各地で絶賛され、独特の熟成した美しいアンサンブルとマイルドでエレガントな音色は、ビーチャムの時代から変わらぬ名演に満ちています。
大富豪の家に生まれたビーチャムは、その持っていた財力をすべて大好きだった音楽に注ぎ込むことのできた幸福な人だった。彼は自身の財産を投じてオーケストラや合唱団、歌劇組織を創設したが、それが現在でも活動を続けているロンドン・フィルハーモニー管弦楽団やロイヤル・フィル、ナショナル・オペラだ。
19世紀に発足した器楽コンサートを主催する協会が運営するオーケストラが「ロイヤル・フィル」を名乗っていましたが、これはビーチャムが1932年に創設したロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の母体となったものでしたが、第二次世界大戦中はアメリカとオーストラリアで活動を行ったことを理由に、戦後に帰国すると演奏を拒否されたため新たに組織、つまり、フィルハーモニック協会とも王室とも運営上の関係は無かったわけで、ビーチャムの死後、エリザベス2世から正式に「ロイヤル」の称号を使うことが許され、故エリザベス皇太后がパトロンになるという経緯を持っています。
ビーチャムは音楽を正式に学んだことは一度としてなく、全て独学だったが、それでいて、指揮者として楽員に心底尊敬され、イギリス屈指のオーケストラに育て上げた。ここは大事なところ。趣味の拡大ではなくて天性の音楽家が、たまたま大金持の家に生まれ、好きなだけ使えたお金を「正しく」使ったということだ。半世紀以上にわたって活動を続け、彼の「財力と指揮活動」によってイギリスに紹介された作品も数多い。いや、偉大な趣味人だったのかも。
ビーチャムは職業指揮者ではないので、ビーチャムの音楽観でまとめられた録音ばかりだ。批評家が何を書こうが怖くなかったし、人気と支持を受け続ける必要などなかった。自分が育てた庭の果実を味わうだけで良かったのだから。特別な空間で生きている大物だったから、その伸び伸びとした音楽を満喫できるんだろうな。
その手腕はコンサートに、オペラに発揮され、その音楽は魅惑とエレガンスに満ち、高揚すると火を噴くような激しいものとなりました。機知に富んだビーチャムの粋な音楽作りはここでも一際生彩を放っている。
  • Record Karte
  • Side-1
    1. ブリッグの定期市〜イギリス狂詩曲 – Brigg Fair (An English Rhapsody)
    2. 夜明け前の歌 – A Song Before Sunrise
    3. マルシュ・カプリス〜奇想行進曲 – Marche Caprice (No. 1 Of “Two Pieces”)

    Side-2

    1. 2つの小オーケストラのための小品 春初めてのかっこうを聞いて – On Hearing The First Cuckoos In Spring (No. 1 Of “Two Pieces For Small Orchestra”)
    2. 2つの小オーケストラのための小品 河の上の夏の夜 – Small Night On The River (No. 2 Of “Two Pieces For Small Orchestra”)
    3. そり乗り(冬の夜) – Sleigh Ride (Winternacht) (No. 2 Of “Three Pieces”)
    4. 歌劇「フェニモアとゲルダ」間奏曲 – Intermezzo (From “Fennimore And Gerda”)

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  1. GB EMI ASD357 ビーチャム ディーリアス:管弦楽曲集
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