「 RU MELODIYA D-027777-78 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー ベルリン・フィルフィルハーモニー管弦楽団 ベートーヴェン 交響曲6番「田園」」を通販レコードとしてご案内します。
RU MELODIYA D-027777-78 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー [44年録音(Yellow Label)]ベートーヴェン・交響曲6番「田園」
商品番号 34-19551
通販レコード→露イエロー緑文字盤
そこがフルトヴェングラーの悪い癖、いや、超スローテンポが次第に加速していく意思的な表現になっているところがフルトヴェングラーらしい ― 「田園」の1944年盤は大きく羽ばたく歌に、巨大なスケールに驚かされる。と宇野功芳が激賞する。この曲の持つ一般的イメージからはほど遠い・深刻かつ重い表現です。特に第1楽章と第2楽章は異様に思えるほどにテンポが遅い表現で、一部評論家からはヴィルヘルム・フルトヴェングラーのベートーヴェン・交響曲第6番《田園》はドラマティック過ぎるという評が昔出ていたほどだが、それも頷ける。しかし、これはとても「田舎に到着した時の楽しい気分」などというものではなくて、戦中という時代背景ながらここまでドラマティックに演奏できるのはフルトヴェングラー以外にいるはずもなく、人生の諸問題を抱えて田園を徘徊するというところでしょう。これは大戦中の特異な状況も関係しているのでしょうが、第5楽章「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」に至って曇り空が晴れてきたかのようにフルトヴェングラーの表現に伸びやかさが出てくるのが救いです。フルトヴェングラーが第5楽章を頂点に考えているのは確かだと思いますが、しかし、全く機械的ではない指揮振りからも推測されるように、楽曲のテンポの緩急が他の指揮者に比べて非常に多いと感じます。しかし移り変わりがスムーズなため我々聴き手は否応なくその音楽の波に揺さぶられてしまうのである。フルトヴェングラーはブラームスを評して「非常に客観的な音楽家」といい、「音楽における客観とは、音楽と精神、精神と音楽が結び付いてひとつになった時に起こるのである」といっています。この偉大な指揮者はブラームスの音楽は彼の哲学そのものであると喝破したのです。それは、そのままベートーヴェンにも当てはまり。それがドイツの交響曲に対する彼の表現方法なのだろう。
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