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通販レコード→英オレンジ銀文字盤
GB DECCA LXT5222 エルマン&ボールト ブルッフ・ヴァイオリン協奏曲1番/ヴィエニャフスキ・ヴァイオリン協奏曲2番
商品番号 34-18330
エルマントーンを今に伝える貴重な記録である事には異論は有るまい。 ― 美音の代名詞ともなったエルマン・トーンで名高い、ミッシャ・エルマンの録音。エルマンがイギリス・デッカに移籍して2年後の録音。この頃のデッカは実に良い仕事をしています。エルマンはヴァイオリンの名教師レオポルド・アウアーの弟子として知られていますが、全盛期は第一次世界大戦から1930年頃までで、その時期はかのフリッツ・クライスラーを凌ぐほどの人気だった。そんなエルマンにとって大きな不幸であり、また大きな幸運だったのは、ようやく晩年になって大曲の録音の機会に恵まれた、ということだったのではないか。しかし、全盛期を過ぎたとはいえ、この録音は侮れません。ボールト指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の強力な支えもあり、エルマンのヴァイオリンは伸びやかに気持ち良く歌っています。セッション録音は気力の回復を十分に取れるし、録音技術の進歩はエルマンのヴァイオリンの魅力を万全の状態で引き出した。音に勢いと力強さがあって、それでいて優美な心を失わないエルマンの妙技が存分に味わえる名盤と言えるでしょう。しかし、それにしてもそういう彼がこれだけ録音の機会に恵まれていたのは、やはり彼自身の人気とその芸術への尊敬に起因していたのは間違いない。懐古趣味でなく、1950年代のイギリス音楽の急速な発展を背景に往年の演奏スタイルがラブ・コールされたのだ。ボールトは「私は常に指揮をとるということは、船の船長になるようなものだと思ってきた。私には石油のドラムカンといっしょにころげまわる理由はまったくない」と言った。ボールトは二十歳代初めの若い頃、ライプツィヒで偉大な指揮者アルトウール・ニキシュに私淑したが、晩年に至るまで讃仰の気持ちは変わることがなかった。「ニキシュは私などよりももっと簡素だった。今日、若い世代の指揮者たちには余りにも跳び回る傾向がある。もっとも、彼らはそうすることを期待されているのかもしれないがね。また最近の傾向としては、総体的な建築的構成を犠牲にしてディテール(細部)をほじくることが著しく目立っていると思う。」とは、ボールトの現代批判であるが反面、聴き手はボールトに一種の安全弁のようなものを見出していたようである。少なくともイギリス人はそうであった。おかげで、19世紀的な演奏芸術の最後の貴重な遺産が、こうしてわれわれに鮮明な記録として与えられた。独特なヴィブラートやポルタメントの多用、テンポの揺れなど、往年のオールド・スタイルを堪能できる。本盤は1950年代後半の録音です。私たちは、彼の渾身の演奏から未だ何かしらのものを受け取ることができる。それまで培ってきた自分の型や語り口には絶対の自信があると思えるかのようにエルマンは勝負しているような気迫に迫るものがある。1956年3月21、22日ロンドン録音。この演奏を聴くと、全盛期のエルマンがどんなにか凄いヴァイオリニストであったことか、興味が尽きないところであります。本盤も〝エルマン・トーン〟を今に伝える貴重な記録である事には異論は有るまい。ボールトのニュアンスに富んだ表現はまさに絶妙である。サー・エードリアン・ボールトというと、長命だったこともあってか、晩年の老成した演奏のイメージが強いのですが、1950年代までの彼は、ときにかなりアグレッシヴな演奏もおこなうという、爆演も辞さぬ積極的な芸風の持ち主であったことはマニアにはよく知られています。
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