JP LONDON LY11 キャスリーン・フェリアー ユリウス・パツァーク ブルーノ・ワルター ウィーン・フィル マーラー 大地の歌(210g最初期フラット盤・輸入メタル使用盤)

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34-21222

商品番号 34-21222

通販レコード→日本キングレコード LONDON ffrr盤

〝夕暮れに浮かぶ花〟 ― ブルーノ・ワルターの指揮によるキャスリーン・フェリアーの黄金のコンビによるマーラー。1946年、マーラーの「大地の歌」演奏会の為にコントラルト歌手を探していたワルターは、フェリアーと運命的な出会いをした。このコンビの出会いは、1947年に「亡き児をしのぶ歌」によって共演したことから始まります。清冽で暖かみを持ち伸びやかな彼女の歌声は、指揮者の気に入るところとなり、やがて、二人の共演は「亡き児をしのぶ歌」と本盤《大地の歌》の録音に結晶された。フェリアーは録音でもワルター指揮によるマーラーの「大地の歌」や「亡き児をしのぶ歌」の名唱は、今なお決定盤と称えられています。〝《大地の歌》の不滅の名盤〟としてすっかり評価が定まっている。これについてはLPレコードの時代から本当に数多くの文章が書かれてきたが、批判的な文章を見つけ出す方がむしろ、大変な気がする。フェリアーの声はコントラルト特有の深い豊かな共鳴の中に清冽で透明感ある気品が漂うもので、その馥郁たるコントラルトは不世出の声として歴史に刻まれています。ワルターも彼女の声の資質を高く評価し残された「大地の歌」の録音のうち3回、彼女をソロに起用しました。声は拡散であり、浸透であり、肉体の全領域、すなわち、皮膚を通過する。声は通過であり、境界、階級、名前の廃絶であるから …… 幻覚を生む特殊な力を持っている。したがって、音楽は視覚とはまったく別の効果を持っている。そもそも人間の耳そのものが〝trans-sexual (性域外)〟のものに「天使的な崇高」を見出す傾向が多いという特徴を持っている。別の言葉で言ってみると、小鳥のさえずりから天使の声への「生成変化」が起きているのだ。つまり、オペラの究極的な美学とは、実はこのような〝trans-sexual〟な声によって人間に常軌を逸した恍惚を与えることにあった。当時マリア・カラスとレナータ・テバルディは好敵手とされたが、彼女同士は仲良しだった。どちらが優れたソプラノか、ヒロインになりきっているだとかと対比されるが、それぞれの歌声が聴くものの身体に浸透し、オーガズムを引き起こす歌声がどちらかということだろう。大衆にとって、歌声の安定や演技の完璧さとは別な次元で、その声が恍惚とさせる歌手がいる。ところでソプラノがヒロインの声ならば、アルトは母声。フェリアー(Kathleen Ferrier)の声はその温かみと馥郁たる豊かさに満ちた、まさに〝母なる声〟でありました。コントラルトというのはアルトとほとんど同義とされますが、厳密に言えばコントラルトはアルトよりもう少し低い声域を指すようです。もっとも近年はアルトとメゾソプラノもあまり区別がされないようで、総体に低い声域の女声歌手が少なくなっているように思われます。わたしはメゾソプラノの名歌手と云えばクリスタ・ルートヴィヒがまず第一に思い浮かびますが、ルートヴィヒはリヒャルト・シュトラウスのオペラ「薔薇の騎士」のマルシャリンも歌った声域の広い歌手で、本来は声色はやや明る目であるのに少し低く暗めの声をコントロールできる器量だろう。コントラルトはドイツ人女声歌手が主なところから、更に狭義な特色のある低く暗めの声のことを言うのだろうと思います。少女と若い女性と、年老いてからの声というのでなしに若くても子供に話しかける時の母性のあらわれた声というものでしょうか。そういう意味では、これがコントラルトと言える女声歌手は意外と少ない、現代においては特に少ないようです。アイドルグループがチヤホヤされる御時勢だから暗めの声は好まれないのでしょうかね。正真正銘のコントラルト歌手と云えるのはフェリアーあるいはマリアン・アンダーソンといったところでしょう。マーラーの交響曲を一通り聴き進めていくうち、ワルターとフェリアーの「大地の歌」、「亡き児をしのぶ歌」は、ほとんどの人が必ず通る道である。「亡き子をしのぶ歌」の歌詞の内容は本来、愛児を亡くした父親の悲哀ですから、男声であるべきだという向きもありますが、フェリアーの歌唱技術は、そうした男声・女声の区別を超越した素晴らしさを持っていると、高く評価されています。フェリアーが当時有名な声楽教師であったバリトン歌手のロイ・ヘンダーソンについて学んだことも、清冽で暖かみを持ち伸びやかな彼女の歌声を発揮させた所以でしょう。卓越した指導者のもとにあったとはいえ、天賦の才能で、音楽と詩のひと次元高い合一を成就させてしまう歌手もいないではない。私はフェリアーがそうした人だったと思っている。

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