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超個性的でありつつも豊かな芸術性をいささかも失っていない ― グレン・グールド演奏によるバッハの《平均律クラヴィーア曲集第2巻》前奏曲とフーガ第1番ハ長調の録音が、1977年、未知の地球外知的生命体への、人類の文化的傑作として宇宙船ボイジャー1号・2号にゴールデン・レコードとして搭載された。半世紀ほど前にロックに感動した少年が、ブルースを愛する父親にギターを無心した。父親もブルースだと納得してもらえた少年の演奏はテンポだけが早いブルースだったが、それが少年が感動したロックだった。ギターの腕を上げて青年に育つとファンクを生み出した。そしてハードロックの呼称が定着することになる。それは2020年となった今から50余年遡る、1968年のことだ。テンポだけが早くなったブルースは変質していない。ハードロックの起源とされるのはザ・ビートルズの「ヘルター・スケルター」や、クリーム、ジミ・ヘンドリックス、ザ・フー、ブルー・チアー、ヴァニラ・ファッジなどで、ロック、ブルーズとサイケデリック・ロックを融合し新しいスタイルを呈示してみせた。1950年代はアメリカのロック音楽が、世界のかなりの数の若者の心をとらえていた時代だった。イギリスではスキッフル・ブームの後、より直接的な感情の発露の手段としてブルースが優れていたことから、ブルースを基調とする骨太でソリッドな音楽を演奏する者が次々現れた。1960年代には、イギリスではちょっとした「ブルース・ブーム」になった。これが、イギリスにおけるハードロックの原点となる。この頃のアメリカCBSレコード専属のピアニストでいうとウラディミール・ホロヴィッツはRCAに取り返された、ロベール・カサドシュは高齢だったし、ルドルフ・ゼルキンより30歳若くて〝ゴールドベルク変奏曲〟で大当たりしたグールドは伝統に反発するアンチ・クラシックの若者たち、ジャズ・ファンにもアピールできる売れる金の卵だったでしょう。何でも好き勝手に録音させた感じがします。それを御用評論家が箔付けして、グールドを聴くことがクラシック好きのステータスみたいなイメージができていきました。折しもアメリカで起こっていた公民権運動、これと同時進行する形で世界各国で学生運動が勃発、少し時代が下ってベトナム反戦運動が、この流れに合流する形で「反権力」を旗印とした市民運動が全世界的に盛り上がった時代を背景に、これはうまいマーケティングと結びつき、ハードロック誕生と重なる。ブルースの流れを踏襲しているロック音楽全般がプロテスト的色彩を帯びたのは自然の流れである。1968年にはジェフ・ベック・グループ、レッド・ツェッペリンがデビューした。1970年には後にヘヴィメタルの代表的存在となるブラック・サバスがデビューし、ディープ・パープルがハードロックに転向する。このころには、ハードロックが欧米中心にブームとなった。これら若者を中心に人が集まる「市民運動団体」と「レコード会社、コンサート興行主等の音楽産業界」双方の思惑が一致したことから、このコラボレーションは次第に大規模化されていく。10歳代のグールドはプログラミングについてもかなり自由だったし、たっぷりとしたレガート奏法でロマン派作品を弾いていた。1951年にはウェーバー「コンチェルトシュテュック」、アーネスト・マクミラン指揮トロント交響楽団とのベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番。1952年にはベートーヴェン「創作主題による6つの変奏曲 作品34」、「6つのバガテル」、「エロイカの主題による15の変奏曲とフーガ」、シェーンベルク「ピアノ組曲 作品25」、「3つのピアノ曲 作品11」、ベルクのピアノ・ソナタ、バッハ「イタリア協奏曲」、「平均律クラヴィーア曲集第2巻」の9番。1953年にはジャン=マリー・ボーデ指揮CBC交響楽団とのシェーンベルクのピアノ協奏曲。1954年には、ヴェーベルン「ピアノのための変奏曲」、バッハ「ゴールドベルク変奏曲」、アレクサンダー・シュナイダーのヴァイオリン、ザラ・ネルソヴァのチェロとベートーヴェンのピアノ三重奏曲第5番「幽霊」などをカナダ放送協会(CBC)などで録音している。それが1955年の〝ゴールドベルク変奏曲〟を機に、いわゆるグールド的志向に変化していくのであるが、それではなぜ、グールドはロマン派音楽と距離を置くようになったのか。バッハの〝ゴールドベルク変奏曲〟の大ヒットによって一躍その名を高めることになったグールドにとって、バッハは常に特別な存在であり続けました。ヨハン・ゼバスティアン・バッハの《平均律クラヴィーア曲集》は、ピアノ音楽の旧約聖書とも称される楽曲で、長大な曲集だけに、グールドも1962年~1971年と足掛け10年近くを要して録音を成し遂げている。よほど慎重を期して録音を行ったと言えるが、演奏全体に録音年代による大きな違いは存在していないと言える。フーガをして「音楽の形式に関する考え方の歴史のなかで、もっとも長もちする創作上の工夫の一つであり、音楽家にとってもっとも神聖な実践方法の一つである」と断言するグールドのピアノ演奏と、その独特な解釈は、粒立ちのはっきりとした音と、思索的な深まりを感じさせる音を使い分けた見事なものです。解説を書いているデイヴィッド・ジョンソンは
『フーガの技法」には人間味とか感情は感じられないが、それらはこの作品が真に目指しているものではない。と書いていますが、グノーのアヴェ・マリアに使われておなじみとなった美しい前奏曲で開始される《平均律クラヴィーア曲集》でも、そうした特性がよく活かされており、耳に届く演奏の態様はオーソドックスとは到底言い難い超個性的でありつつも、あくまでもバッハがスコアに記した音符を丁寧に紐解き、心を込めて弾くという基本的なスタイルがベースになっており、緻密なスコア・リーディングに基づいてバッハのピアノ曲の本質をしっかりと鷲掴みにするとともに、深い愛着を有しているからこその、この、〝48の前奏曲とフーガ〟の組み合わせから浮かび上がる音楽の深まりと高まり、存在感が圧倒的です。
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