ファランドールのパーカッション・パートは、数ある録音中最高の出来。 ― 聴き物は「ファランドール」です。ストラスブール・パーカッション・グループとして名高いパーカション・セクションは、秀逸。地響きがするようなプロヴァンス太鼓の響きが圧巻で素晴らしい効果を上げています。このたたみ込むようなリズムに乗ってファランドール舞曲が高揚して行く様はエネルギッシュなアラン・ロンバールの指揮姿が目の前に浮かぶようです。手兵であるストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団も必死に指揮者に食らいついている様が伺え好感が持てます。地方のオーケストラを侮るなかれと言ったところでしょうか。地方のオーケストラとはいえ、ロンバールが求める音楽にはローカル色はない。ロンバールは1940年生まれだからこの録音のときは35歳。この指揮者とオーケストラのコンビは、颯爽とした活力を聴かせる。どこにも無理な強調はないが気持ちの良い演奏。交響曲ハ長調も、ややシャルル・ミュンシュ寄りの豪快な音楽づくりで聴きごたえがあります。コマーシャルベースに乗る様な派手な指揮者ではなく、老練な味とか仕掛けとかはないが、この曲の性格には合っている。1966年にミトプーロス国際指揮者コンクールで優勝してレナード・バーンスタインのもとで修業したりしていたが、1972年からこのオーケストラの首席指揮者となりエラートに多数の録音がある。録音はストラスブールのパレ・デ・コングレ、広さはあるが的確にオーケストラを捉えており距離感も心地いい。エラートらしい自然な録音。ストラスブール歌劇場は同演目を1か月に5回~10回程まとめて公演するシステム(スタジオーネ)で、 取り組むのは月に2演目程度。そのころミュンヘンのバイエルン州立歌劇場でも「カルメン」はドイツ語で上演されていました。それを、当時の総監督のジャン=ピエール・ブロスマンと音楽監督のロンバールの意向ですべて言語上演で行った。パリ市の音楽政策に私企業は積極的に参加しており、都市ガバナンスの創出という観点からも重要なアクターと見なされている。パリについていえば、その政治史によって示されているように、近年に至るまで国の絶対的な支配の下にあった。その上、確かに1977年まで、パリに市長は存在しなかった。また、パリ市の文化資源は文化都市パリというイメージを前面に打ち出すことに貢献し、より多くの市民にパリ市の文化を普及するという効果をもたらしているが、フランスでは何世紀も前から、クラシック音楽の領域に国が介入していた。王立音楽アカデミーの振興のため、ルイ14世がジャン=バティスト・リュリに特権を与えたのは1672年に遡る。パリ・オペラ座の今日までの存続は、音楽と政治権力との明白な結びつきを示唆する例の一つである。その上、1795年に国民公会の議決によって設立されて以来、フランス国立高等音楽院は国策と密接に結びついているといわれる。本盤は1975年のエラートの録音で、バロック録音で見せる線の細さは感じさせず馬力のある音で充分楽しませてくれます。エラート・レーベルは、楽譜専門出版社エディション・コスタラ社の録音部門として、フィリップ・ルーリーによって1952年に創設、名プロデューサーとして知られるミシェル・ガルサンを迎え、当時未開拓だった中世からバロック時代にかけての音楽の録音を積極的に行って成功。その理由は、19世紀から20世紀にかけて確立されたクラシック音楽の演奏様式ではなく、現代の楽器とは異なる当時の楽器で、音楽史研究に基づいて、作曲当時の演奏様式に則った演奏によるところ。フランス音楽の貴重なカタログ、フランス楽壇黄金時代のアーティストたちによる演奏、暖かみのある録音などで人気を博し、1960年代には同分野にでフランスを代表するレーベルに成長しています。当時、オーケストラ録音にこぎ出したエラートの看板コンビとして、フランスのオーケストラによるお国物ということで、普段聴き慣れている演奏と違う肌合いの魅力も相俟って、発売当時は話題の一役を買いましたが、しかし、1983年にテオドール・グシュルバウアーにそのポストを譲ってからロンバールの話題は遠のいた。本盤がエラートのモダン・オーケストラ録音を見直すきっかけになりますように。
from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード http://bit.ly/2MvKqh3
via IFTTT

