「 FR VSM FALP536 トーマス・ビーチャム ロイヤル・フィル スティーヴン・スタリック リムスキー=コルサコフ・シェヘラザード」を通販レコードとしてご案内します。
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―6月21日―ロシアの作曲家ニコライ・リムスキー=コルサコフが没した日(1908年)。ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーと同時代に生まれ、ロシア独自の音楽の発展に作曲家として創作と後進の指導の両面で貢献した。ロシア5人組の一人であり、現代でも交響組曲《シェヘラザード》が人気である。門下生には、イーゴリ・ストラヴィンスキーやセルゲイ・プロコフィエフら、後にロシアを代表する作曲家が名を連ねている。

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FR VSM FALP536 ビーチャム リムスキー=コルサコフ・シェヘラザード
- ヴィンテージレコード→仏ラージドッグ・セミサークル黒文字盤
- かくも美しい内実が隠されていたのか! ― 20世紀前半から半ばにかけて活躍した、イギリスを代表したサー・トーマス・ビーチャムが得意としたロシアもの。演奏効果抜群な名曲だけに、交響組曲「シェエラザード」には古今を通して数多くの名盤がありますが、とかく外面的な効果に目が行きがちな派手なばかりで貫き通すもよし、このビーチャム盤は、これを耳にした人にとっては特別な位置を占めるに違いない名盤です。日本人が全員仏教徒ではないし、あなたは違う宗教観なのだろうか。アメリカ人が月面歩き回った時の各宗教の反応ってのがちょっと調べてみたいという声も有る。その宗教に対する姿勢が、敬虔な演奏家には大きなフィルターとなるのかな、と感じたのがこのレコードの演奏だった。かくも美しい内実が隠されていたのか!と目を瞠らせる、愛情溢れるビーチャムの指揮は見事と言うほかなく美しい演奏。スケール雄大、気品に溢れた「シェエラザード」で単純な音形の繰り返しである「波の主題」など、これだけ歌えている演奏は少ないと思いますしハープのスケールも最高音を絶妙にテヌートし、お洒落な装飾を行っています。大団円の「難破の場面」での雄大さも特筆もの。ヴァイオリンのスティーヴン・スタリックはソロでも活躍しただけあって、素晴らしいテクニックと気品に溢れた表現を披露。ステレオ初期の録音も今もって色彩鮮やかです。ビーチャムの演奏は、この作品がもっている華やかさをとことん追求したものとなって、ゆったりとしたテンポで濃厚かつ官能的なシェエラザードの世界を展開します。大富豪の家に生まれたビーチャムは、その持っていた財力をすべて大好きだった音楽に注ぎ込むことのできた幸福な人だった。彼は自身の財産を投じてオーケストラや合唱団、歌劇組織を創設したが、それが現在でも活動を続けているロンドン・フィルやロイヤル・フィル、ナショナル・オペラだ。ビーチャムは音楽を正式に学んだことは一度としてなく、全て独学だったが、それでいて、指揮者として楽員に心底尊敬され、どちらのオーケストラもイギリス屈指のオーケストラに育て上げた。ここは大事なところ。趣味の拡大ではなくて天性の音楽家が、たまたま大金持の家に生まれ、好きなだけ使えたお金を「正しく」使ったということだ。半世紀以上にわたって活動を続け、彼の「財力と指揮活動」によってイギリスに紹介された作品も数多い。いや、偉大な趣味人だったのかも。ビーチャムは職業指揮者ではないので、ビーチャムの音楽観でまとめられた録音ばかりだ。批評家が何を書こうが怖くなかったし、人気と支持を受け続ける必要などなかった。自分が育てた庭の果実を味わうだけで良かった、特別な空間で生きている大物だったから、その伸び伸びとした音楽を満喫できるんだろうな。大富豪指揮者の『わがまま』な贅沢を叶えた録音です。
- ヘルベルト・フォン・カラヤンより先駆けて初のステレオレコードとして発売され、英EMIのカタログから消えることなく50年間以上も多くのクラシック愛好家が代々忘れずに愛聴しているのですから、評価の方も高いことは証明されているでしょう。現在でも世界4番目と言われる製薬会社の御曹司に産まれたビーチャムは、やりたいことをやって生き抜いた音楽家として満足でしょう。サー・トーマス・ビーチャムは82歳まで生きた長寿だけども、このレコードの発売の翌年1960年に自分の為に創設、編成したロイヤル・オーケストラ後継者にルドルフ・ケンペを指名して引退。1961年に他界しています。ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(RPO)は1946年、当時イギリス随一の指揮者であったサー・トーマス・ビーチャムによって創設されました。ロンドンの格式あるオーケストラの中でも唯一その名称に〝ロイヤル〟を使うことを許され、エリザベス皇太后をパトロンに持ったことを誇りとしています。ビーチャムは生涯4つのオーケストラを創設している。1906年の「The New Symphony Orchestra」、1909年の「The Beecham Symphony Orchestra」、1932年の「The London Philharmonic Orchestra」、これは現在のロンドン・フィルハーモニーとは異なるが、1946年に「The Royal Philharmonic Orchestra」を戦後英国に帰国後に組織した。現在まで続く製薬会社創業家一家の御曹司であった彼は、その類まれなる行動力と潤沢な資金を元手に気儘にオーケストラを創設し、自腹で音楽祭でのオペラ公演やコンサートをしていた。現在コンサートの前に演奏者などがプレトークと言って解説をすることもあるけれども、これもビーチャム卿が最初に始めた。その演奏は世界各地で絶賛され、独特の熟成した美しいアンサンブルにマイルドでエレガントな音色はサー・トーマス・ビーチャムの時代から変わらぬ名演に満ちています。英国音楽界を牛耳っていたとも言われるほどの存在だった怪物、サー・トーマス・ビーチャムだからこそ成し得た、満足できる音楽を自由にやりたいように演奏、録音をした。その演奏内容の多彩さには驚くべきものがあります、定評あるフレデリック・ディリアスでは独特の空気感を伝える絶妙な美しい演奏をおこなう一方、フランス音楽やルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトなどでは、ときに過激なまでの思い切った表情付けで楽想をえぐり、さらにヨーゼフ・ハイドンではスケール大きく懐の深い演奏を聴かせるといった具合で、それぞれの作品に真摯に向き合う姿は実に感銘深いものがあります。また、レオポルド・ストコフスキーを初めとして1950年代にレコードをたくさん録音した指揮者は、楽譜にはない演奏を良くしていますけれども、ビーチャムのレコードもそういった演奏がとても多くあって新鮮に楽しむことが出来ます。レコード録音のレパートリーのスタンダードも構築したような業績もあるので、親しんでいる曲からでもビーチャムの録音盤と聴き比べるのは面白く勉強に成る事でしょう。プチ贅沢でなく、秀吉の黄金の茶釜や金箔をふんだんに使った屏風絵が圧倒するだけの金持ちのおもちゃには思えないように、数ある指揮者や歌手のわがまま、自己満足、力を誇示するために録音されたレコードの中でもツタンカーメンの黄金のマスクに匹敵する文化遺産になるレコードです。録音のためのスタジオから、当時最新だった録音機まで気配りも怠りなかっただけに面白いサウンドに仕上がっています。ステレオ録音が未だ実験段階だった時期の録音なのですが、それが俄に信じ難いほどの優秀録音です。
- 1957年ロンドン、アビー・ロード・スタジオでのローレンス・コリンウッドとヴィクター・オルロフのプロデュース、ロバート・ベケットによるステレオ・セッション録音。
- CDと参考本はアマゾンで購入できます。
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RpoEMI Classics1999-01-26
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Otterloo, Willem VanChallenge2011-03-09
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ストコフスキー(レオポルド)ユニバーサル ミュージック クラシック2008-10-08
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シャルル・デュトワUniversal Music2025-10-08
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ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ユニバーサル ミュージック2019-04-03
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マゼール(ロリン),ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ユニバーサル ミュージック クラシック2007-09-05
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AnsermetPolygram Records1990-10-25
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浅田次郎講談社2012-09-28
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浅田次郎講談社2012-09-28
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6月21日は本能寺の変があった日。権力が倒れた日である。
- 夜の時間というものは、不思議な魔法に似ている。昼間の理性や肩書きや社会的な役割がひとつずつ脱ぎ捨てられ、ただ一人の人間として向き合う時間になるからだ。私はそのひとときを大切にしたくて、ときにエロティックなナイトウェアを選ぶことがある。
- 男性からは、
- 「耀子のお腹がナイトウェアの布越しに見え隠れしているのを見ていると、まるで魔法をかけられているようだ」
- とか、
- 「現実を忘れて、耀子を抱くことだけに没頭できる」
- などと言われることがある。
- もちろん、それは単純な肉体美への賛辞だけではないのだろう。人は愛する相手の姿の中に、現実から解放されるための物語を求めている。衣服の揺らぎや光と影の移ろいが、その物語への入口になるのである。
- その意味で、私はしばしばニコライ・リムスキー=コルサコフの交響組曲《シェヘラザード》を思い出す。
- 『千夜一夜物語』の語り手であるシェヘラザード王妃は、女性不信に陥った暴君シャハリヤール王のもとで、毎夜ひとつの物語を語り、最も面白い場面で夜明けを迎えることによって命をつないだ。彼女は剣ではなく言葉で戦った女性であり、その武器は知性と想像力、そして人間の心を動かす物語だった。
- リムスキー=コルサコフは、そのシェヘラザードをヴァイオリン独奏によって描いた。
- 第1、第2、第4楽章では、物語が始まる前に必ずシェヘラザードのテーマが現れる。無伴奏に近いかたちで奏でられるその旋律は、まるで王妃が王の前に進み出て、
- 「今夜はこんなお話をいたしましょう」
- と語り始める姿そのものだ。
- ところが第3楽章《若い王子と王女》だけは違う。
- ここでは、シェヘラザードの前置きがない。
- いきなり甘美な弦楽器の旋律が流れ出し、聴き手は最初から夢の世界へ放り込まれる。まるで語り手の存在すら忘れさせるほど、この楽章は美しい。
- しばしば、この楽章はカマール・アル・ザマン王子とブドゥール王女の恋物語を想起させると言われる。
- 興味深いのは、全四楽章の中で最も残酷な描写が見当たらないことだ。
- 海賊も嵐も処刑もない。
- あるのは若い男女の恋だけである。
- そして中間部になると、小太鼓の軽快なリズムに乗ってクラリネットが王女のテーマを歌い始める。その旋律は生き生きとしていて、どこか無邪気ですらある。
- だが、その王女の音楽が盛り上がった瞬間、突然シェヘラザード自身のヴァイオリンが割り込んでくる。
- ここが私はたまらなく好きだ。
- 語り手であるはずのシェヘラザードが、いつしか物語の内部へ入り込んでしまうのである。
- 王女とシェヘラザード。
- 客観と主観。
- 語る者と語られる者。
- 二つの存在が重なり合い、境界線が曖昧になる。
- その瞬間、私はこう感じる。
- シェヘラザードは、ただ王を楽しませるために物語を語っているのではない。
- 彼女自身もまた、愛を求めているのだと。
- 「私もこの王女のように、ただ純粋に愛し、愛されたかった」
- そんな言葉にならない願いが、ヴァイオリンの震えるような音色の奥から聞こえてくる。
- さらに見逃せないのは、シェヘラザードがシャハリヤール王に仕掛けている高度な心理戦である。
- 彼女は若い王子と王女の恋を語ることで、自分自身を王女へ重ね合わせるだけではない。
- 目の前の暴君を、物語の中の理想的な王子へと変えようとしているのである。
- かつて誰かを愛した記憶。
- 誰かに愛された記憶。
- それらを王の心の奥底から呼び覚まそうとしている。
- 言い換えれば、この楽章は単なる恋愛音楽ではない。
- 一人の女性が、自らの命を懸けて男の魂を救おうとする物語なのだ。
- だからこそ、第3楽章後半のヴァイオリン・ソロは艶やかでありながら切実に響く。
- 誘惑であり、祈りでもある。
- その二重性こそが、この楽章の官能性の本質なのだろう。
- この視点で聴き始めると、《シェヘラザード》は単なる絢爛豪華なオーケストラの見本市ではなくなる。異国情緒あふれる色彩の背後に、王と王妃の静かな心理戦が見えてくる。
- そして私は、ときどき想像する。
- もしシェヘラザードが私の前に現れたなら、どんな女性だっただろうか、と。
- 歴史上の実在人物ではなく、物語の中の存在だからこそ、その姿は聴き手ごとに異なる。
- 私の心の中のシェヘラザードは、豊かな曲線を持つ堂々とした女性であり、夜の闇を味方につける術を知っている。言葉と美と想像力によって人の心を動かす女性である。
- そして、その身体のどこかには、他人には理解されない特別な美しさが宿っているような気がする。
- それは、私自身が愛している身体の個性を、無意識のうちに彼女へ投影しているからかもしれない。
- 結局のところ、《シェヘラザード》とは王妃が語る物語であると同時に、聴く者自身が心の中で完成させる物語でもあるのだから。
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