プレヴィンのラフマニノフ/交響曲第2番 DE EMI 1C 063-02 398 STEREO

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アンドレ・プレヴィンAndré Previnが没した日(2019年)。晩年NHK交響楽団の首席客演指揮者も務め、指揮者としての顔がよく知られているが、ヨーロッパからアメリカに移住したことがきっかけで、意外にもそのキャリアのスタートはジャズピアニストとしての活動だった。またジャズや映画音楽の作曲家としての一面も。40歳を目前にしてようやくクラシックの指揮者としての活動がメインとなり、ロシア音楽をはじめ多くの録音を残した。

  • DE EMI 1C 063-02 398 アンドレ・プレヴィン(指揮) ロンドン交響楽団 ラフマニノフ/交響曲第2番

  • 371752
    • 永遠に受け継がれるレジェンダリーパフォーマンス。

    • カットなしの完全全曲版での録音ということで、話題となったもの。プレヴィンが得意としていたラフマニノフの2度目の録音。ラフマニノフの交響曲第2番は、演奏時間の長さもあってか、この録音がおこなわれた当時は部分カットして演奏されるのが普通でしたが、プレヴィンはここですべての音符を大切に演奏し、ラフマニノフの音楽の魅力をあますところなく伝えてくれています。「この曲の歴史はここから始まった」といっても過言ではない。上品な語り口、そのロマンティシズムにも注目。全体にみなぎる濃厚な情感・ロマンティズムを最初から自分のペースでしっかりと歌い上げている。
    • プレヴィンは、1965年にロンドン交響楽団とこの作品をRCAのためにレコーディングしているほか、1985年にはロイヤル・フィルとテラーク・レーベルにレコーディングしています。それぞれ基本的なコンセプトは一貫しているものの、演奏の情熱的な美しさ、とろけるような甘美さではこの2度目のものが抜きん出た仕上がりを示しています。甘美な第3楽章に耳を奪われがちだが、全体の伏線を意識しながら聴くと、起承転結が鮮やかに分かる。動機の展開による伏線。〝完全全曲版〟で演奏したかった大切なところ。一度目の録音では短縮版を使用している、プレヴィンがこの曲の完全全曲版を演奏するようになったのは、旧ソ連での公演でこの曲(短縮版)を演奏した際にムラヴィンスキーから完全全曲版の存在を教えられ、それを使用するように薦められたのがきっかけだという。当時のソ連での演奏をソフィスティケートに、ラフマニノフ特有の粘りのあるメロディを美しく歌い上げた名演。当時日本ではまだプレヴィンをジャズピアニストあがり、映画音楽関係あがりのイロモノと捉える人も多くいたようで、堅物の評論家は「映画音楽みたいで深みに欠ける」「あまりに旋律の美しさに走り過ぎだ」なんて言う人もいたようですが、それこそ情熱に駆られてしまっている顕れ。評論家の言が、この録音を世間に知らしめ、当時プレヴィンを人気者にした。映画音楽でもその手腕を余すところなく発揮しているプレヴィンは実に語り上手にその憂愁ロマンのうねりを展開している。
    • アンドレ・プレヴィンの出生名はドイツ名でアンドレアス・ルートヴィヒ・プリヴィン(Andreas Ludwig Priwin)といい、アンドレ(André)はフランス風の名乗りである。1929年ドイツ生まれ。ベルリンのユダヤ系ロシア人の音楽家の家庭に生まれ、ベルリン高等音楽院でピアノを学び、一時期ナチス政権を逃れて9歳でパリ音楽院に入学。1938年から家族に連れられアメリカへと渡り、1943年に合衆国市民権を獲得した。10歳代の頃からジャズ・ピアニストとして演奏し、1940年代当時黎明期にあった初期モダンジャズのビバップスタイルに影響を受けたプレイで「天才少年」として注目されライオンのイラストが可愛いピアノ・トリオでのアルバム『キング・サイズ』(King Size, 1958年)、ダイナ・ショアと共演した『ダイナ・シングス、プレヴィン・プレイズ』(Dinah Sings Previn Plays, 1960年)、シェリー・マン&ヒズ・フレンズでの『マイ・フェア・レディ』(Modern Jazz Performances of Songs from My Fair Lady, 1956年)などが代表盤に挙げられる。キャリア初期のロサンゼルス時代にはハリウッドの大手映画会社MGM専属となり、多くの映画において映画音楽の作曲や編曲、音楽監督を務めている。彼のその多彩な活動の当初は映画音楽の分野において頭角を現し、4回ものオスカー賞を獲得する傍ら、ピエール・モントゥーにも師事し指揮を学んで、1963年には指揮者としてもデビューします。『キス・ミー・ケイト』(1953年)、『マイ・フェア・レディ』(1964年)、『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1973年)など時代の好みを反映させ、ハリウッドの著名人にはよくあるようにプレヴィンは結婚回数の多い人物であり、音楽家、男としての興味の衰えない姿を見せる存在だ。クラシック音楽の指揮者としては、その後アメリカ、イギリスのオーケストラ音楽監督を歴任し、着実なキャリアを重ね、管弦楽曲の演奏・録音が活動の中心であり、とりわけスラヴ系の音楽とイギリス・アメリカ近現代の音楽の録音で評価を得てきた。近年では、現在ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を振って最もウィーン・フィルらしさを引き出させるなど、ウィーン・フィルとの間に厚い信頼関係を築きあげています。クラシック音楽における自作品としては、ウラディーミル・アシュケナージへの献呈作『ピアノ協奏曲』やハインリヒ・シフに献呈された『チェロ協奏曲』、2002年に当時の新妻アンネ=ゾフィー・ムターのために作曲した『ヴァイオリン協奏曲』、ジョン・ウィリアムズのために書かれジャズバンドも加わる1971年の珍しい『ギター協奏曲』、金管アンサンブルでは『金管五重奏のための4つの野外音楽』、また声楽のジャンルでは最初のオペラとなった『欲望という名の電車』(1998年にサンフランシスコにて初演)や歌曲集『ハニー・アンド・ルー』、室内楽では『オーボエ、ファゴット、ピアノのための三重奏曲』などが挙げられる。一方ではジャズアルバムも制作し、また自らが作曲を手掛けた新作のオペラを録音するなどアグレッシヴな活動を展開していました。
    • 音符の一つ一つを慈しむような丁寧な味わい

    • ― 演奏とは生まれた瞬間に消えゆくものであるにも拘わらず、録音技術がそれを未来へ伝える力となって百年余。音楽そのものの価値も意味も様相を変えた。それにしてもこのプレヴィン&LSOの鮮烈さはどうだ。プレヴィンは決して情熱に駆られた演奏をする人ではないが、ここには「止むに止まれぬ」熱さがあった。もう半世紀近く前の録音とは思えない、再生される音楽はエナジーを失っていない。これはラフマニノフの音楽の精華であり、プレヴィンの音楽への愛ある傾注故と知る。1973年、初めて完全全曲版で録音されたレコードの解説に引用されていたプレヴィンの次の言葉を、私は忘れることができない。私はこの作品を愛している。LSOもまた同様である。そして、われわれはそれから先も長い間この曲を演奏し続けるであろう。(三浦敦史訳)その言葉は現実となり、45年以上経った今も変わらないことが証明された。
    • 米国オーディオ専門誌TAS(THE ABSOLUTE SOUND)推薦盤の中核をなすプレヴィン・ロンドン響コンビの録音秀逸盤の一枚。1973年1月ロンドン録音、1974年4月初発。1973年のビショップとパーカーの優秀録音。ドイツの最初期プレスです。

ヴィンテージレコードの写真

  1. 371752
  2. 1C-063-02-398

プロダクト・ディテール(ヴィンテージ盤)

  1. レーベル
    EMI
  2. レコード番号
    1C 063-02 398
  3. 作曲家
    セルゲイ・ラフマニノフ
  4. 楽曲
    交響曲第2番
  5. オーケストラ
    ロンドン交響楽団
  6. 指揮者
    アンドレ・プレヴィン
  7. 録音年月
    1973年1月
  8. 録音場所
    ロンドン
  9. 録音種別
    STEREO
  10. 製盤国
    DE(ドイツ)盤
  11. レーベル世代
    赤地に角丸スタンプニッパー, ドイツの最初期プレスです。

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