「 パールマンのクライスラー/ヴァイオリン名曲集 DE EMI 1C 063-02 739 STEREO」を通販レコードとしてご案内します。
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2人の偉大なヴァイオリニストが生まれた日。1人は、「愛の喜び」などの作曲家としても知られる、フリッツ・クライスラー(1875生)。もう1人は、伝説的なヴァイオリン弾きヤッシャ・ハイフェッツ(1901年)。イヴリー・ギトリス、イツァーク・パールマンら、同じく最高峰のヴァイオリニストたちがこぞって絶賛した人物。奇しくも当時、まだ十代のハイフェッツの演奏を聴いたクライスラーもその才能を認めたというエピソードが残っている。
DE EMI 1C 063-02 739 イツァーク・パールマン サミュエル・サンダース クライスラー ヴァイオリン名曲集
- Record Karte
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- イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)
- サミュエル・サンダース(ピアノ)
- 1975年8月、ステレオ・セッション録音、Artwork – Jürgen Schumacher, Recorded By [Tonmeister] – Michael Gray, Producer – Suvi Raj Grubb.
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- ― フリッツ・クライスラーはオーストリア出身の世界的ヴァイオリニスト、作曲家。後にフランスを経てアメリカ国籍となった。ユダヤ系。本名はフリードリヒ・クライスラー(Friedeich Kreisler)。ジャック・ティボーとともに20世紀最高のヴァイオリニスト。10歳でウィーン音楽院に特別入学を許され、名教授アウアーに師事した。彼が本格的な演奏活動に入ったのは24歳の時で、それまでは絵を描いたり、医学を学んだり、軍隊に入ったり、といった具合に変わったコースを歩んだ。1914年に勃発した第一次世界大戦では陸軍中尉として東部戦線に出征。その塹壕戦では、それなりの貢献をした。飛来する銃砲弾の空気を切る音で、弾丸の国籍、敵陣の方向・距離まで言い当てた。良い耳を持つことが名演奏家第一の必要条件であること言うを俟たないが、彼の場合、それに『超』がついていた。
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バロック時代イタリアの名人を源流に名ヴァイオリニスト兼作曲家の系譜の末裔
- 「最もウィーン的なヴァイオリニスト」と謳われたクライスラーだが、そこにホイリゲ、シュランメルン、オペレッタといった庶民的な生活感を期待してはいけない。もっと都会的で、洗練されきったインターナショナルな音と調べが本領であり、たとえ《ウィーン奇想曲》でさえ、「ウィーンの雰囲気」を模したに過ぎない。21歳のときに彼は、ヴァイオリニストとして収入を得ようと、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の第2ヴァイオリンのコンサートマスターのオーディションを受けたこともあったが、審査員だったコンサートマスターのアルノルト・ロゼ(アルマ・ロゼの父)の、「音楽的に粗野」「初見演奏が不得手」という理由で落とされている。そのことから、レパートリー拡大のために少しずつ作曲も始めることになった。こうして彼はソリストとなって収入を得る道しか残されていませんでした。面白いことにこの2年後の1898年(23歳)彼はソリストとしてウィーン・フィルと共演しています。クライスラーが35歳の時、ベルリンで行ったリサイタルで「愛の喜び」を過去の作曲家ランナーの作品として弾き、つづけて「ウィーン奇想曲」を自作曲として演奏すると、当時の著名な批評家が「ランナーの名曲と自分の作品を並べるとは図々しい」と非難した。そこにはウィーンに生まれ育ちながらも、外様のユダヤ人であったクライスラーの血によるところが大なのか。クライスラーは自分の音楽を先入観なしに、正当に評価して欲しいと願っていたのかもしれません。
- 世界各地を演奏旅行し、関東大震災直前に来日。前震を経験している。1923年(大正12年)(48歳)5月、ハリエット夫人とともに初来日。5月1日から20日まで、東京帝国劇場での6日間連続公演から始まり、神戸、大阪、名古屋、京都でおのおの2回ずつ8公演、そしてもう一度東京地区にもどって東京1回、横浜1回そして東京1回、移動も含めた20日間で合計17公演というとんでもないスケジュールで演奏旅行を行いました。帝国劇場で行われたリサイタルではベートーヴェン、ブラームス、バッハ、ブルッフなどの大曲から編曲ものまで多種多様なプログラムを組み、耳が肥え始めた日本の聴衆を唸らせた。この滞在中にかなり大きな地震に遭遇し驚いたという話です。この年の9月に関東大震災が起こっているのでその前触れともいえる地震だったかもしれません。これが唯一の来日となりました。
- フリッツ・クライスラーは周知の如く、数多くの優れた作品と編曲を世に贈った。コレルリ、タルティーニなどバロック時代のイタリアの名人を源流とし、天才モーツァルトを経由して鬼才パガニーニ、サラサーテに至る名ヴァイオリニスト兼作曲家の系譜の末裔。彼の作曲した多くのヴァイオリン用小品はパガニーニやサラサーテと同じく、自ら演奏するために書かれたもので、「愛の悲しみ」、「愛の喜び」、「ウィーン奇想曲」は古いウィーンのワルツの香りを伝え、「中国の太鼓」、「美しきロスマリン」の2曲も彼独特の気品に満ちた佳曲。そのほかヴァイオリン協奏曲のカデンツァの作曲や、ヴァイオリン独奏用編曲も数多く手がけている。ベートーヴェンの《ヴァイオリン協奏曲》第1楽章のカデンツァは19歳の時の作で、ナチス政権下においてユダヤ系のクライスラーのカデンツァを使うことが黙認されていた。又、ラフマニノフの《交響的舞曲》のオーケストラ版における、弦楽器パートのボウイング指定はクライスラーが行ったことをラフマニノフ自身が自慢している。クライスラーはラフマニノフの歌曲をヴァイオリン編曲しており、ラフマニノフは《愛の喜び》と《愛の悲しみ》をピアノ独奏用に編曲している。
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- ― ウィーン生まれのクライスラーが、ナチス・ドイツを避けてアメリカで活躍した時代、ロシア生まれの天才ハイフェッツもアメリカで全盛を誇っていた。
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私も君も、ヴァイオリンを叩き割ってしまった方がよさそうだ―
- ベルリンの演奏会にエフレム・ジンバリストと共に偶然居合わせたフリッツ・クライスラーが、まだ13歳のヤッシャ・ハイフェッツの演奏を聴き「私も君も、これ(ヴァイオリン)を叩き割ってしまった方がよさそうだ」、「私の究極の到達点をスタートラインにして、無限に記録を伸ばした天才」と評価したエピソードも残っている。25歳年齢差があり、生きた年月もほとんど等しく、LPレコード時代を迎えて世を去ったクライスラーと、CD時代に踏み入ったところで世を去ったハイフェッツは、SPレコード時代にともに大きな評判を得た。而して、2大巨匠並び立たずだったのか、ハイフェッツが弾いたクライスラーの演奏は、何故か皆無に近い。
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20世紀前半の僅かな期間に、ヴァイオリニストの演奏スタイルが急激に変化した。
- クライスラーとハイフェッツの大きな違いはヴィブラートの使い方だ。現代ヴァイオリン演奏法は、イザイに始まりますが今日、ヴァイオリン演奏には不可欠の技法として定着している、このヴィブラートの使用は、イザイ以前は、それほど表だったものではなかったのです。そして、イザイを更に発展させて、絶えず濃厚なヴィブラートをかけるクライスラーの手法は、当時においては、まさに革新的なものでした。
- いわく「旋律線において重要だと思われる音にだけ、この特殊な表現の付加物、即ちヴィブラートをかけたヨアヒムやサラサーテの時代は一体何処へ行ったのだろうか。クライスラーは、明らかに最も無味乾燥と思われるパッセージにさえ魂を入れるという原則を、ある種のヴィブラートによって擁護するのである。そして、このヴィブラートは、本来の音と離れがたい統一体に融合されるのである。」とクライスラーならではの個性であると賛美しながらも、別な箇所で、ヴィブラートは、「必ず高められた表現への欲求の結果としてのみ用いられなければならない」と、カール・フレッシュは一般論として念をおしています。
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- ― 熊本地震も落ち着きを見せた2016年10月に、ハイフェッツの《ハバネラ》の強靭な『黄金の音』に身震いさせられた、エルマン、クライスラー、メニューインのSP盤を蓄音機で聴き比べする鑑賞会を開いた時、クライスラーの「中国の太鼓」のSPレコードを聴いて思うのが、高速な演奏でしたが、速いパッセージに余りヴィヴラートを掛けていないし、緩やかな部分でもっとヴィヴラートをかけて歌わせることだって、晩年の録音とは違って無理のないことだったでしょう。
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SPレコードでクライスラーとハイフェッツのヴァイオリン演奏の変化がわかる
- クライスラー曰く「私自身についていえば、何を弾いても、あるいはまた弾けないものでも、それを楽しむことにしています。」と。また、クライスラー曰く「私が信頼できる唯一の批評的判断は脊柱のくだす判断です。私自身の演奏であれ他人の演奏であれ、私は自分の背筋に戦慄をおぼえたとき、それを良い演奏だと判定するわけです。批評家たちが何と言おうと、それ以上に良い鑑定法はありません。」と。
- 前言はハイフェッツも同じでしょうが、“天才ハイフェッツ”はアメリカで全盛を誇っていた。テレビに、映画に出演し、一日何回も演奏会を開いていた。聴きに駆けつける聴衆はひっきりなしで、演奏会場にはより大きな規模が求められた。極限状態にあったハイフェッツと、クライスラーの違いはブルジョワジーの関わりが大きい。
- ハイフェッツが正確なヴィヴラートを盛大に披露すれば、伴奏する管弦楽団もヴィヴラートを使うようになる。サラサーテの《チゴイネルワイゼン》をSPレコード時代、モノラルLPレコード、ステレオLPレコードで聴き比べることが出来る。クライスラーはSPレコードに2度、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を録音している。それから変化を聞き取ることも出来ようが、ランドン・ロナルド指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団は平易だ。そして、ハイフェッツ登場以降、ヴィヴラートはオーケストラ演奏の典型になり、私たちは今それを当たり前に聞いている。
- その違いの理由として録音が良くなったこともあるだろう。クライスラーの最初の録音は機械式録音で、管弦楽団の演奏家たちはマイクの前を行ったり来たりすることに懸命だったろう。それが格段に高性能になって、シカゴ交響楽団時代のショルティの録音となり、カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のレコードで急激に確立していったと言って良いだろう。演奏スタイルが拡大していった、管弦楽団の演奏家すべてがヴィヴラートをよく使った完成形にあるのがカラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のバッハのレコードに良く現れている。
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- ― フリッツ・クライスラーとヤッシャ・ハイフェッツのレパートリーを現代に更新し充足しうるヴァイオリニストと言ったら、パールマンを措いて他にないだろう、と絶賛の評価を受けたイツァーク・パールマンにはアイザック・スターンとユーディ・メニューインの存在が大きい。ウクライナで起こった紛争はロシアから軍を侵攻して泥沼化している、地球規模の景気低迷は出口が見えない状況下、パールマンが奏でるヴァイオリンの音色と彼の音楽は、重く垂れ込める雰囲気を払拭するのに最適。
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聴いていると元気になってくる
- イツァーク・パールマンの力強いヴァイリオンも大変に良い。どんな曲でも難なく弾きこなす天才パールマン。その技巧の素晴らしさはいうまでもありませんが、暗く重苦しい曲も明るく華麗な曲も、パールマンの手にかかると澄み切った青空を映し出すように鮮やかに生まれ変わり、一度耳にするともう忘れることなど出来ません。
- レパートリーは極めて広く、協奏曲・ソナタのみならず、また純粋クラシック音楽以外の分野も手がけ、ユダヤの民族音楽を歌ったものやスコット・ジョプリンのラグタイム集などの演奏等の業績も見られるパールマンだが、本盤は持ち味の明るい面とフリッツ・クライスラーの作品の良さが最高の形で表れたもの。クライスラーの洒落た小品を格調高く弾ききっている。饒舌でありながらも崩れることのない造形力と持ち前の甘美な音色とのバランスが良い。澄み切った美しい音色とともに、ヴァイオリンがメロディ楽器としてどれだけ素晴らしいかを身をもって教えてくれるパールマン。その演奏の魅力を知るにはうってつけのアルバムだ。若きパールマンの最も輝いていた1970年代半ばの録音。美しい音色とこの歌心。魅惑の旋律を弾く天才の指さばきに注目を。小品を弾かせたときに分かる巨匠の実力が、ここに如実に示されています。パールマンの類稀な才能を改めて知らしめる。情感たっぷり歌う表情の豊かさと密度の高い音色は他のヴァイオリニストには容易に真似できないもので、ヴァイオリンという楽器の表現力の大きさを思い知らされる。完璧なまでのテクニック、美音はもちろんのこと、その朗らかで優しい性格から醸しだされる〝音楽を奏でる喜び〟に満ち溢れたヴァイオリンの響きは、たとえようもなく美しく、まるで神々の演奏を聴いているかのような感動を与えてくれます。パールマンを聴くということは、ヴァイオリンの本当の音を聴くということなのかもしれません。パールマンは持ち前の美音と包容力豊かな表現力を発揮して、すべての曲を最高級に再現しています。クライスラー編曲による様々な作曲家の名曲もちりばめられており、バラエティ豊かに楽しめます。デュオのサミュエル・サンダースの伴奏には定評があった。プログラム・ビルディングも併せて、クライスラーの作品集ではNo.1の楽しさ、その作品の素晴らしさが出ていて秀逸。
- このクライスラー曲集ではそうした技巧に加え、メロディの美しさを伝える楽器としてのヴァイオリン技術にも眼を見張らせ、音楽家パールマンの真骨頂が聴けます。クライスラーにはこのような明るさが必要なんだと改めて感じさせてくれる格好の演奏。その音を一生心に刻み続けるであろう至福のひとときをお過ごしください。世界中で愛奏される〝クライスラー小品集〟のなかでも本盤は別格の1枚です。
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Itzhak Perlmann
- イツァーク・パールマン(Itzhak Perlman)は1945年8月31日、イスラエルのテルアビブ生まれ。4歳3ヶ月のとき、ポリオ(小児麻痺)にかかり、下半身が不自由になってしまう。それでもヴァイオリニストになる夢をあきらめず、幼少ながらシュミット高等学校でヴァイオリンのレッスンを続ける。その後、アメリカ=イスラエル文化財団の奨学金を受けて、テル・アヴィヴ音楽院でリヴカ・ゴルトガルトに師事し、10歳で最初のリサイタルを開いた。これを機にラジオにも出演。その後、アイザック・スターンの強い推薦を得てジュリアード音楽院に入学、名教師イヴァン・ガラミアンとそのアシスタントのドロシー・ディレイのもとで学ぶ。アメリカでの正式デビューは、1963年3月5日、17歳の時にカーネギー・ホールに於いて弾いたヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲第1番嬰ヘ短調であった。彼が22歳の時に録音した最初のコンチェルト・グループ ― チャイコフスキー、シベリウス、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番ト短調 ー の入れなおしを完了した時、これらの初録音を未熟だと思っていると言っていた。パールマンほどの名手になると、若き日の録音はそれなりに価値があり、一人の偉大なアーティストの成長の軌跡をたどることの出来る貴重なドキュメントというべきだろう。パールマンは13歳の時、エド・サリヴァン・TVショーのゲストに招かれて、渡米して研鑽を深めるきっかけを掴んだが、このレコードの発売当時、彼は自己を語っている。『ぼくは、ぼくが13歳で信じがたいほどの驚異的天才であったとは信じていない。OK、ぼくは才能に恵まれてはいたが、アブノーマルな天才じゃなかったな ― 天才とは、良かれ悪しかれ、アブノーマルなもんでしょう。ぼくの場合には、それは健全な才能だったし、ぼくの生活からかけ離れたものじゃなかった(グラモフォン誌 1981年9月号)』フリッツ・クライスラーとヤッシャ・ハイフェッツのレパートリーを現代に更新し充足しうるヴァイオリニストと言ったら、パールマンを措いて他にないだろう、と期待が大きかった時代を邂逅できるレコード。全ての音程は完璧に制御され、徹底的な美音、暖かで繊細・豊麗な歌い回し等が彼の演奏の特徴である。レパートリーは極めて広く、協奏曲・ソナタのみならず、クライスラーなどの小品集でも高い評価を受ける。また純粋クラシック音楽以外の分野も手がけ、ユダヤの民族音楽を歌ったものやスコット・ジョプリンのラグタイム集などの演奏等の業績も見られる。パールマンが弾く楽器は、1986年に得たグァルネリ・デル・ジェスの「ソーレ(Sauret, 1740〜1744)」と、同じく1986年にユーディ・メニューインより購入した、ストラディヴァリウスの黄金期に類される1714年製「ソイル(Soil)」。前者はかつてフランスのヴァイオリニスト、エミール・ソーレが所有していた、後者はパールマンが23歳の時にメニューインに弾かせてもらい恋に落ちた楽器で、「もし手放す気になった時には是非僕に売ってください」とお願いしていた。
- イツァーク・パールマンの演奏がいつどこで行われても、常に完璧そのものなのは演奏中に彼が心の中で行う〝インスタント・プラクティス〟のせいだといっているのである。まことに凄いといわざるを得ない、しかし、コンチェルトは合わせ物といわれるだけあって気の合った同士が良い。レコーディングのパートナーとしてパールマンが選ぶ指揮者といえばアンドレ・プレヴィンとか、ダニエル・バレンボイムだ。彼らとは仲間意識があり、時間的な制約の中で最高の演奏を手に入れ無くてはならないレコーディングでは、彼らとの協演が最も愉しいし、その成果も計算以上のものがある。バレンボイムがパリ管弦楽団の音楽監督に就任したのが1975年の秋のことだが、最早バレンボイムはパリ楽界になくてはならぬ重要な存在となっている。ヴュータンのヴァイオリン協奏曲はパリを背景として書かれており、そのオーケストラの響きはマイヤベーア時代のゴージャスなパリの響きにあふれている。ミシェル・デボストのフルート、モーリス・ブルグのオーボエ、ドゥリュアルのクラリネット、セヌダのバスーン、ジョルジュ・バルボトゥのホルン、フランシス・ピエールのハープなどパリ管の首席奏者たちの響きはゴージャスでしかもメロウである。当代最高のヴィルトゥオーソと共演する相手として、これ以上のアンサンブルも求め難いであろう。フランスには古いヴァイオリン音楽の伝統がある。それはベートーヴェンよりもはるか以前にまで遡ることができるが、フランスは主として19世紀から20世紀にかけて、ヴァイオリン音楽に大きな貢献をしてきた。作品でいうとフランク、フォーレ、ショーソン、あるいはサン=サーンス、ドビュッシー、ラヴェルといった作曲者名を挙げるだけで、そのことが明らかになるだろう。パールマンの使用楽器は黄金期に製作されたと云う1714年製ストラディヴァリウスのソイル。倍音タップリ乗った音質は微塵も色褪せてはいません。フランス芸術というと必ずラテン的な感覚美が問題にされる。それは決して間違ってはいないが、フランスの芸術はさらに国際的な広がりを志向してきたのである。ところがパリは最もフランス的な都会であると同時に、世界でもまれに見る国際的な都市として知られている。そこでフランスの有名な演奏家はもとより、ここでは世界中のヴァイオリニストを聴くことができる。しかも第2次大戦後30年を経た今日、各国のヴァイオリン楽派はこぞって偏狭な地域性をかなぐり捨て、より合理的で高度な演奏を目指して進んでいる。
- 昔ならともかく、今やフランスのヴァイオリニストだから粋な感覚を売り物にし、ロシアのヴァイオリニストが名技主義的であるといった先入観は、ものの見方を誤らせる危険性があろう。このような状況のなかでフランスは優れたヴァイオリンの音楽と演奏家を生み出してきたわけだが、そこにもっともフランス的な精神が息づいていることと同時に、最も普遍的な芸術が育てられてきたことを見落とす訳にはいかない。そこでフランスのヴァイオリン音楽にしても、その普遍的・国際的な一面が発揮されることになるのは当然である。往年のフランスのオーケストラならではの明るく美しい色彩の世界を心ゆくまで堪能させてくれた、イツァーク・パールマンがジャン・マルティノン指揮パリ管弦楽団と共演したフランス音楽は、その典型とも言えるが、言うまでもなくパールマンはフランスのヴァイオリニストではない。彼は第2次大戦が終結した直後にイスラエルで生まれ、ジュリアード音楽院に留学してイヴァン・ガラミアンに師事、1964年のレヴェントリット・コンクールで優勝したという経歴である。だがここでまず問題なのは彼の経歴や国籍ではなく、その音楽性である。サン=サーンスやショーソンの作品にしても、まずはフランス的であるかどうかということより、単純に音楽としての格の高さを問題にせねばなるまい。とするとパールマンと作品の触れ合いもそこから出発する。当然である。このヴァイオリニストは自らの体質をさらけ出し、ごく自然に、率直に作品に対している。かつてしばしば音楽の造形面における憑依的な崩れがフランス的な洗練という名目によって容認されてきたが、それが仮にフランスの芸術家の手で行われたとしても結果的にフランス音楽の一つの面だけを誇張したことになるのはやむを得ない。さいわいパールマンは現代の演奏家として、そうしたことを認めてはいない。彼の演奏は、譜面に対して正確である。従って造形はあくまでも端正に処理され、表情がどれほど情熱的な場合も感覚的に濁りがない。今やフランスの演奏家といえども、そうしたことを求め実行しているのであるから、結果的にパールマンのフランス音楽がフランス的であるか無いかというより、音楽的であろうとするのは当然である。あえていえば彼のフランス音楽は、その国際性と現代性において、全くフランス的と形容して良いのである。こうした場合、これらの作品もその厳しさとたくましさに耐えて、いっそう底光りのする真価を発揮するが、マルティノン指揮のパリ管弦楽団が、そうしたパールマンに対して、あらゆる意味で見事な同質性をもって融合していることは、いわばパールマンのフランス音楽における正当性の証明である。
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プロダクト・ディテール(ヴィンテージ盤)
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演奏者
- イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)
- サミュエル・サンダース(ピアノ)
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作曲家フリッツ・クライスラー
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曲目Itzhak Perlman – Itzhak Perlman Plays Fritz Kreisler
- Side-1
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- ウィーン奇想曲 Caprice Viennois Op. 2 Composed By – Fritz Kreisler
- マルティーニのスタイルによるアンダンティーノ Andantino Im Stile Martinis Composed By – Fritz Kreisler
- ボッケリーニのスタイルによるアレグレット Allegretto Im Stile Boccerinis Composed By – Fritz Kreisler
- ジプシーの女 La Gitana Composed By – Fritz Kreisler
- スラヴ舞曲第3番ト長調(ドヴォルザーク/クライスラー編) Slawischer Tanz Nr. 3 G-Dur Composed By – Antonín Dvořák, Arranged By – Fritz Kreisler
- ルイ13世の歌とパヴァーヌ Chanson Louis XIII. Und Pavane Im Stile Louis Couperins Composed By – Fritz Kreisler
- 美しきロスマリン Schön Rosmarin Composed By – Fritz Kreisler
- Side-2
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- 愛の喜び Liebesfreud Composed By – Fritz Kreisler
- スペイン舞曲(デ・ファリャ/クライスラー編) Danse Espagnole Composed By – Manuel De Falla, Arranged By – Fritz Kreisler
- 愛の悲しみ Liebesleid Composed By – Fritz Kreisler
- レシタティーヴォとスケルツォ・カプリッチョ Rezitativ Und Scherzo-Caprice Op. 6 Composed By – Fritz Kreisler
- タンゴ(アルベニス/クライスラー編) Tango Composed By – Isaac Albéniz, Arranged By – Fritz Kreisler
- ベートーヴェンの主題によるロンディーノ Rondino Über Ein Thema Von Beethoven Composed By – Fritz Kreisler
- 中国の太鼓 Tambourin Chinois Op. 3 Composed By – Fritz Kreisler
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録音年月1975年8月
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録音チームRecorded By [Tonmeister] – Michael Gray, Producer – Suvi Raj Grubb.
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録音レーベルEMI
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レコード番号1C 063-02 739
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録音種別STEREO
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製盤国DE(ドイツ)盤
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レーベル世代赤地に角丸カラースタンプニッパー
CDの購入はアマゾンからできます。
ショップ・インフォメーション(このヴィンテージ盤はショップサイトの扱いがあります。)
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商品番号363747
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盤コンディション良好です(MINT~NEAR MINT)
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ジャケットコンディション良好です
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価格6,600円(税込)
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商品リンク
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ショップ名輸入クラシックLP専門店 ベーレンプラッテ
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ショップ所在地〒157-0066 東京都世田谷区成城8-4-21 成城クローチェ11号室
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ショップアナウンスべーレンプラッテからお客様へ
当店のレコードは、店主金子やスタッフたちが、おもにヨーロッパに直接出向き、実際の目と耳で厳選した、コンディション優秀な名盤ばかりです。国内で入手したものや、オークション品、委託商品はございませんので、安心してお求めになれます。
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