「 カラスのロッシーニ&ドニゼッティ/アリア集 FR COLUMBIA SAXF1012 STEREO」を通販レコードとしてご案内します。
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イタリアの作曲家、ジョアッキーノ・ロッシーニが没した日(1868年)。若干24歳でオペラ《セビリアの理髪師》を発表し、当時ヨーロッパ中で人気を博した。40代に入ると音楽界から引退し、その後の人生は「料理」に捧げられた。晩年、毎週土曜日にパリの自宅で、彼自身が考案した晩餐と音楽でお客をもてなす「土曜の音楽の夕べ」を開いたと言われる。
FR COLUMBIA SAXF1012 マリア・カラス ニコラ・レッシーニョ パリ音楽院管弦楽団 Callas sings Rossini and Donizetti arias
- Record Karte
FR シルバーロゴレーベル, フランス・オリジナル盤・優秀録音。棒付きジャケット入り。
- マリア・カラス(ソプラノ)
- ニコラ・レッシーニョ(指揮)
- パリ音楽院管弦楽団
- 1963年12月4〜23日、1964年4月13〜24日パリ、サル・ワグラムでのセッション・ステレオ録音。
- 1965年初発(Columbia – 33CX 1923, SAX 2564, Angel Records – S-36239)。
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〝大袈裟すぎるぞ!〟
― 天井桟敷から声がかかり、ソプラノ歌手は歌唱に集中できなくなった。声の主はわからないし、歌手なら誰もが恐れる天井桟敷からの声だ。気を取り直して歌い続けると、当夜は彼女が歌うと、幾度となく〝troppo esagerato!〟(大袈裟すぎるぞ!)と声がかけられた。そのソプラノ歌手は、当時飛ぶ鳥を落す勢いのミレッラ・フレーニ。出来事は1964年12月17日にミラノ・スカラ座で起きました。指揮は世界のトップに君臨していたヘルベルト・フォン・カラヤン、演出は映画監督でもあり、ナンバーワン演出家のフランコ・ゼッフィレッリ。演目はマリア・カラスの名演から9年しか経っていないヴェルディの名作オペラ《椿姫》。第1幕の有名なアリア“花から花へ”に移る前のヴィオレッタが〝gioir!〟(楽しむのよ)と2回繰り返して歌う高音で、喉の調子が万全でなかったフレーニは少し失敗してしまいました。第1幕後のカーテンコールでも天井桟敷から野次られ、それを不満に思ったフレーニは天井桟敷を睨みつけ、腰に手を当て態度でも示した。以後、彼女はミラノ・スカラ座で〝椿姫〟を歌わなくなりましたが、その2ヵ月後フレーニは故郷の地モデナ・コムナーレ劇場で〝椿姫〟を歌い大成功を収めました。生まれ故郷であることを差し引いても、この成功をきっかけにロイヤルオペラからオファーが来たので、フレーニの評価は良かったわけだが、当時のマリア・カラスの圧倒的な演唱を数多くの人々が知っていた。しかもイタリア・オペラの代表作、人々に愛されているがゆえマリア・カラスのイメージを壊されたくないほど、9年前の公演の思い出を宝物にされたことは歌手にとってどれほど嬉しい事だったろうか。ミラノの人々が〝マリア・カラスの呪い〟と言う出来事で、以後30年間スカラ座で〝椿姫〟は上演されませんでした。あまりに素晴らし過ぎる公演があると、その後歌う歌手も大変かもしれません。この話題が生々しいさなかに、本盤は発売されました。ドラマに対する類まれな冴えた感覚と、それに完璧に連動する歌唱力を持ち合わせていた稀代の名歌手マリア・カラスは、キャリアのほとんどの期間でEMI専属の歌手としてレコーディングをおこなっていました。ここに収録されている作品は、カラスが全曲盤としての収録を行っていない曲集であり、これらの曲をカラスの声で聴くことができるのは本盤だけです。彼女としては晩年の収録で、年齢的に最盛期とは、もはや言えないし、声の変化はいかんともしがたいものがありますが、それを超越した表情づけのこまやかさ、デリケートな表現、陰影の美しさは、さすがにカラスだと思わせる。各々のアリアへの愛着と深い解釈故だろう、心理描写の絶妙さは、精妙な構成力が際立った歌唱になっています。
ディーヴァ ― 不世出のソプラノ
マリア・カラス(Maria Callas)は1923年12月2日、ニューヨーク生まれのソプラノ歌手。1977年9月16日、パリにて没。13歳で故国ギリシャに帰り、アテネ音楽院で名歌手ヒダルゴに師事。1938年にオペラ・デビューし、1947年、ヴェローナ音楽祭でのジョコンダ役で一躍注目を浴びる。1950年のスカラ座デビューから約10年間が全盛時代。ワーグナーのドラマティックな役と、ベル・カント・オペラの両方の分野で成功を収め、不世出のソプラノ歌手として名を残した。1965年にオペラの舞台から退いたが、世界各地でコンサートを開いた。
ニコラ・レッシーニョ(Nicola Rescigno)
1916年5月28日、ニューヨーク生まれの指揮者。父はメトロポリタン歌劇場のトランペット奏者だった。ローマで法律を学んだ後、1929年からイルデブランド・ピツェッティ、ヴィットリオ・ジャンニーニやジョルジオ・ポラッコらに師事。1943年、ニューヨーク音楽アカデミーでジュゼッペ・ヴェルディの《椿姫》の上演を指揮してデビューする。その後、サン・カルロ・オペラのアメリカ巡業に同行して名声を得て、コネチカットやハバナの歌劇場の音楽監督の任についた。1954年、キャロル・フォックス、ローレンス・ケリーとともにシカゴ・リリック・オペラを創設し、1956年まで芸術監督・指揮者を務める。この間マリア・カラスのアメリカ・デビューのステージを指揮し、数多くの名演を残した。1957年にはダラス・シヴィック・オペラの発起人の一人として創設に名を連ね、19年間に渡って芸術監督・指揮者を務めた。また、モンセラート・カバリェ、プラシド・ドミンゴ、ジョーン・サザーランド、テレサ・ベルガンサ、ジョン・ヴィッカーズやマグダ・オリヴェロといったオペラの名歌手たちのアメリカ・デビューを指揮して伴奏を担当したことでも知られ、演出家のフランコ・ゼフィレッリのアメリカ・デビューのときの指揮者も務めるなど、広汎に活躍している。メトロポリタン歌劇場には1978年から出演し、ヘンデルのオペラ『アルチーナ』『ジューリオ・チェーザレ』を手がけるなど、イタリア・オペラのスペシャリストであった。1990年にはローマのカラカラ浴場跡で『アイーダ』を指揮して注目を集めた。ヴィテルボの病院にて2008年8月4日死去。
プロダクト・ディテール(オリジナル盤)
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レーベルCOLUMBIA
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レコード番号SAXF1012
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作曲家
- ジョアッキーノ・ロッシーニ
- ガエターノ・ドニゼッティ
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楽曲
- Side-A
- ロッシーニ・歌劇「シンデレラ(La Cenerentola)」〜悲しみと涙のうちに生まれて(Nacqui All’ Affanno E Al Pianto)
- ロッシーニ・歌劇「ウィリアム・テル(Gugliemo Tell)」〜ついに遠のいてしまった!〜暗い森 (S’allontanano Alfine! … Selva Apaca, Deserta Brughiera)
- ドニゼッティ・歌劇「連隊の娘(La Figlia Del Regimento)」〜さようなら(Convien Partir)
- Side-B
- ロッシーニ・歌劇「セミラーミデ(Semiramide)」〜麗しい光が(Bel Raggio Lusinghier)
- ドニゼッティ・歌劇「ルクレツィア・ボルジア(Lucrezia Borgia)」〜あの魔法のなんと美しいこと(Tranquillo Ei Posa … Com’ È Bello! Quale Incanto)
- ドニゼッティ・歌劇「愛の妙薬(L’Elisir D’ Amore)」〜受けとって、あなたは私のために(Prendi, Per Me Sei Libero)
- Side-A
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演奏者マリア・カラス
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オーケストラパリ音楽院管弦楽団
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指揮者ニコラ・レッシーニョ
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録音年月日1963年12月4〜23日、1964年4月13〜24日
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録音場所パリ、サル・ワグラム
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録音種別STEREO
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製盤国FR(フランス)盤
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発売年1965年初発(Columbia – 33CX 1923, SAX 2564, Angel Records – S-36239)。
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レーベル世代シルバーロゴレーベル、フランス・オリジナル盤・優秀録音。棒付きジャケット入り。
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