「 ローマの天使 最後のカストラート歌手 アレッサンドロ・モレスキはレコーディングした唯一存在。」を通販レコードとしてご案内します。
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イタリアのカストラート、アレッサンドロ・モレスキが生まれた日(1858年)。カストラートとは、去勢された男性歌手のこと。モレスキは歴史上最後の有名なカストラートとされ、またレコーディングをした唯一人の人物として知られている。若い頃には「ローマの天使」と呼ばれ、活躍した。
FR GRAMOPHONE CONCERT RECORD G.C.-54773 – Alessandro Moreschi – della Messa solenne di Rossini – CRUCIFIXUS
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- 何とすばらしい歌い方だろう!
- フルートのもつ甘美さに、人間の声の生き生きとした心地良さが結びついているようだ。
- 空高く舞うひばりのように、軽々と自然に何度も舞いあがる。感情がそのまますぐに音に移され、魂が感情の翼にのって無限に昇ってゆくような声。
- 私の全存在が満たされたのは、声区の移行が完璧で音色が変わらないから、ではない。静かで甘く、厳かで豊かに響く音楽のためだ。
- 実に優雅な感情の力に感動したのだ。
- ― 19世紀の終わり頃ヴァチカンの礼拝堂を訪れた音楽史家、エンリコ・パンツァッキ(1840-1904)の言葉
- 蓄音機の時代、オペラ歌手のレコードが少なくないのはエンリコ・カルーソー(1873〜1921, テノール歌手)のレコードの貢献だ。カルーソーの最初のレコーディングに至る映画にもなるエピソードは、以前のブログ記事に詳しいしレコード鑑賞会でも紹介した。
- 1902年3月11日、ビジネスでミラノに滞在中だった英グラモフォンのウィリアム・バリー・オーウェンがスカラ座で、アルトゥーロ・トスカニーニの指揮により初演されるアルベルト・フランケッティ(Alberto Franchetti, 1860-1942)の歌劇《ゲルマニア(Germania)》に学生フェデリコ役で出演していたカルーソーを聴いて感銘を受けたことに端を発する。
- そして、英グラモフォン社のアメリカ人録音技師フレッド・ガイズバーグがイタリアへ遣わされた。ところが生憎のところ、録音の打診を受けたカルーソーのスケジュールがふさがっていたので、春の終わりに、と約束を交わし、カルーソーを待つ間に彼らはローマへ赴いた。ガイズバーグらは4月初めにヴァチカンに到着、ローマ教皇(ときの教皇はレオ13世)の聖歌隊であるシスティーナ礼拝堂聖歌隊の録音が許可された。そして4月5日と7日にレコーディングが実現した。
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ローマの天使
- 録音場所に選ばれた豪華なサロンは、教皇の耳に歌声が聴こえるほどの距離にあった。レコーディング・エンジニアのフレッド・ガイズバーグは、このセッションの出来事を日記に書き残している。日記はガイズバーグが存命中の1944年に発表されたのち、死後30年経った1981年にも『フレッド・ガイズバーグの日記』と題して公開されている。新装ではなく、ガイズバーグの日記に忠実なのは後者で、1944年版には演出の加わっているのは時代の風潮かもしれない。
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- 我々がレコーディング機材をセッティングしたのは、ホテルの一室などではない。ヴァチカン宮殿に案内されたのだ。そこは壁という壁が、ティツィアーノ、ラファエロ、ティントレットに埋め尽くされた素晴らしいサロンだった。
- その床の真ん中に我々の汚い機材を置き、3つのラッパというか管の集合体のようなものを取り付けて待っていた。
- マイケリスは教皇の甥であるスイス衛兵隊長ペッシ氏の知人だったので、込み入った根回しに駆け回り、その甲斐あってシスティーナ聖歌隊を録音できることになったのだ。
- もしかしたら教皇ご自身の声も録れるかも知れない。
- この聖歌隊は、ボーイソプラノではなく成人した男性ソプラノが歌うために、その音色の美しさで有名である。彼らの歌声は少年たちより硬い音色だ。
- また、パレストリーナの音楽を保存していることでも名高い。
- 聖歌隊に男性ソプラノを採用する習慣は、レオ13世の時代に廃止された。今日聖歌隊に残っているのは、慎重に選び抜かれた、自然のままでソプラノやアルトの声を持つ男たちである。
- 私が特に覚えているのは、薔薇色の頬をした聖歌隊指揮者で、ソプラノ独唱者のプロフェッサー・モレスキだ。彼は60歳くらいに思えたが、驚くほど元気で若々しかった。たくさん家族がいることを自慢していたのが興味深かった。
- アレッサンドロ・モレスキはこのときまだ43歳だった。カストラートの肌は大人になっても思春期前のきめのこまかい状態を保っていたといわれる。それが加齢のあるタイミングで、かえって細かいしわとなって、そのせいで実年齢より上に見られたのだろうし、ソリストだけでなく指揮者を務めるなど指導的立場にあったからその貫録で年上に見られたのかも知れない。
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グラモフォンの奇跡
- 録音中には、機材のショートから引火し、驚いた聖歌隊員たちが出口に殺到し将棋倒しになったという ― とにかく大事には至らず日は消し止められた。 ― から、当時の人々にとって不安な最新装置だったことは確かだ。時代を彩る珍騒動だ。
- グラモフォン社はモレスキのレコーディングを目的としてヴァチカンにエンジニアを派遣したわけではない。1902年2月にシスティーナ聖歌隊にカストラートを雇うのを禁止する法令がでていたのを知っていたか、いなかったか。日記の書きようから、ガイズバーグの関心ではなかったのは感じられる。
- 斯くして、真実のカストラートの歌声をとても良い音で現在聴くことができる。録音された10曲は、合唱でも、ソロでも全体に薄いリバーブがかかっているように聴こえる。
もっとも、実際にモレスキがシスティーナ礼拝堂やそのほかの大聖堂で歌っていたときには、聴衆の耳には深いリバーブがかかって聴こえていた。〝イギリス・グラモフォンの音〟はこのときには伝統だったのかもしれません。このセッションの半世紀後にウォルター・レッグが残したレコードのために録音したものでなかった録音が、結果として不滅の録音となったヴィルヘルム・フルトヴェングラーの〝バイロイトの第九〟とそっくりな奇跡と言える。たまたまテープの切れ端に入っていた足音を指揮台に向かうフルトヴェングラーの足音入りとセールスポイントにしたのも重ねたくなる。
プロダクト・ディテール(1902年4月5日と7日)
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アントニオ・コマンディーニ、合唱(少年たちによる)Laudate pueri Dominium
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合唱Ave Verum Corpus(メルッツィ)
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プリモ・ヴィッティJe crois entendre encore
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アレッサンドロ・モレスキCrucifixus(ロッシーニ)
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合唱Tui sunt coeli
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モレスキ、合唱Domine Salvum Fac
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合唱Ave Verum Corpus(モーツァルト)
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合唱Intonuit de coelo
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モレスキ、合唱Et incarnatus est / Crucifixus
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アレッサンドロ・モレスキIdeale
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