US ANGEL 36104 リヒテル・イン・イタリー ― スヴャトスラフ・リヒテル シューマン ピアノ曲集

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「 US ANGEL 36104 リヒテル・イン・イタリー ― スヴャトスラフ・リヒテル シューマン ピアノ曲集」を通販レコードとしてご案内します。

34-19798

商品番号 34-19798

通販レコード→新品未開封

イタリアのリフテル ― 本盤が登場する数年前まで〝スヴィアトスラフ・リフテル〟の名前は鉄のカーテンの内側に深く閉ざされた伝説的存在として知られていた。1950年代の中頃から、西欧に対するソ連の目覚ましい芸術攻勢が、とくにこの国を代表する名演奏家たちの国外への相次ぐ演奏旅行によって切って落とされた。ヴァイオリンのダヴィッド、イーゴリのオイストラフ親子、レオニード・コーガン、ピアノのレフ・オボーリン、イヴリー・ギトリス、ウラディーミル・アシュケナージ、チェロのムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、さらにレニングラード・フィルハーモニックなどのオーケストラからボリショイ歌劇場の主要メンバーに至るまで、ソ連の楽団は質量ともに西欧諸国の驚異となった。これらの一流演奏家たちは、与えられた賛辞に対して、こう答えるものが多かった。その言葉はリフテルを聴くまでとっておきなさい。こうしたことが、リフテルの神秘性を一層濃くさせ、おそらく、彼こそソ連楽壇のとっておきの切り札と目されるようになったのである。1960年10月15日、ボストンでリフテルは初の西欧へのデビュー演奏会に登場する。リフテルにまつわる神秘のヴェールはついに取り払われたのである。リフテルはソ連楽壇の切り札というにはとどまらず、まさに世界楽壇の切り札であることをこの演奏会で実証した。1960年の西欧の音楽界における最もセンセイショナルなトピックとしてリフテルの西欧デビューがあげられたのは当然といえよう。以来、リフテルは毎年、欧米各国への演奏旅行を行い、名実ともに世界最高のピアニストとして讃えられている。リフテルは1956年はじめ、ソ連国外での演奏を行った。プラハ音楽祭への出場で、この時あたりから彼の名声が西欧にも伝わり始めた。1958年にユージン・オーマンディの率いるフィラデルフィア管弦楽団の訪ソ連演奏旅行の折、レニングラードでプロコフィエフの第5協奏曲を弾いて協演してアメリカの楽人を驚嘆せしめ、この年チャイコフスキー・コンクールに渡米したアメリカのピアニスト、ヴァン・クライバーンはリフテルの演奏を聴いて泣いて感動したという。このようなエピソードが積もり積もって、〝リフテル〟の名声は伝説的な神秘の色さえたたえていたのである。

1962年ライヴ録音。

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