「 JP CBS/COLUMBIA BWM7C ブルーノ・ワルター コロムビア交響楽団 モーツァルト ミラベルの庭園にて オーケストラのための名小品集」を通販レコードとしてご案内します。
JP CBS/COLUMBIA BWM7C ブルーノ・ワルター モーツァルト・ミラベルの庭園にて〜オーケストラのための名小品集
商品番号 34-29437
通販レコード→日本コロムビア社製モノラル初出盤
モノラル録音の至宝「ミラベルの庭園にて」(in the Gardens of Mirabell) ― 数多いモーツァルトのセレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の演奏の中でもブルーノ・ワルターのものはとびきりの名演で、この曲の規範ともいうべきもの。いつ何度聴いても新鮮で美しい。〝オーケストラのための名小品集〟。
オーケストラの楽員が楽しい気持ちで演奏しなければ、聴きに来てくれている皆さんが楽しいとは思えない。とは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサート・マスター、樫本大進が信条としていること。ただし、オーケストラがベルリン・フィルだからこそと付帯条件がつく。日本のオーケストラと違い、ベルリン・フィルの楽団員には、どのタイミングで弾き始めればいいなどと言わないでいい人達ばかりだからだ。楽団員それぞれが、物凄いエゴイストばかりで、樫本大進がリハーサルで協奏曲のソリストの代わりに弾くことになったとき、オーケストラは全く違う曲を演奏し始めた。ところが樫本大進は動じないで、オーケストラが弾きだしたメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のソロを弾き始めた。僅か一小節の伴奏でソロはカデンツァから弾き始める必要がある曲なのにだ。楽団員は、その動じない姿に逆に「面白くない」って言った。
さて、この録音はアメリカ時代の初期に、得意のモーツァルト作品を集めてLPレコード用に録音したもの。ワルターは孫をかわいがるようにモーツァルトを演奏する。ワルターとオットー・クレンペラーのレパートリーはモーツァルトとマーラーの音楽が大きな柱の一つになっている。周知の通り、ともにユダヤ人であるワルターとクレンペラーはマーラーの直弟子にあたり、マーラーを熱心に取りあげていた。ワルターの演奏は情緒的とされながら、音の出し方は似ている。ワルターは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の楽員によく極端な対象を要求した。
例えばモーツァルトの交響曲のピアニッシモのところで、オーケストラがまだ弾きはじめないうちに中断して、『皆さん、もう大きすぎます。』と言うことがあった。また《フィガロの結婚》の序曲の練習では、やはりオーケストラが弾き始める前に中断して、『皆さん、もうテンポが遅すぎますよ。』というのであった。こうしたことはワルターの個性というより、同世代の指揮者の特徴である。
ワルターの演奏スタイルを簡潔な言葉で表すと、戦前の典雅、戦後の雄渾、晩年の枯淡ということになると思う。どれも魅力があるが、ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団とのモノラル録音では固まりとなってぶつかってくるような音は出さず、その出す音色は綺麗に磨き抜かれていることを強く感じる。
ニューヨーク・フィルと言わなければヨーロッパのオーケストラの演奏だと錯覚しそうな仕上がりで、レーベル面には「コロムビア交響楽団」とあるが、Philips盤には「ブルーノ・ワルター指揮管弦楽団」となっている。それはワルターのステレオ録音のコロムビア交響楽団と言うのは彼が演奏会から引退した後ロサンゼルスで録音に専念した時の団体で、実体はニューヨーク・フィルとされている。モノラル時代にニューヨークで振ったコロムビア交響楽団とは全く別物なのだ。
オーケストラの楽員が楽しい気持ちで演奏しなければ、聴きに来てくれている皆さんが楽しいとは思えない。とは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサート・マスター、樫本大進が信条としていること。ただし、オーケストラがベルリン・フィルだからこそと付帯条件がつく。日本のオーケストラと違い、ベルリン・フィルの楽団員には、どのタイミングで弾き始めればいいなどと言わないでいい人達ばかりだからだ。楽団員それぞれが、物凄いエゴイストばかりで、樫本大進がリハーサルで協奏曲のソリストの代わりに弾くことになったとき、オーケストラは全く違う曲を演奏し始めた。ところが樫本大進は動じないで、オーケストラが弾きだしたメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のソロを弾き始めた。僅か一小節の伴奏でソロはカデンツァから弾き始める必要がある曲なのにだ。楽団員は、その動じない姿に逆に「面白くない」って言った。
さて、この録音はアメリカ時代の初期に、得意のモーツァルト作品を集めてLPレコード用に録音したもの。ワルターは孫をかわいがるようにモーツァルトを演奏する。ワルターとオットー・クレンペラーのレパートリーはモーツァルトとマーラーの音楽が大きな柱の一つになっている。周知の通り、ともにユダヤ人であるワルターとクレンペラーはマーラーの直弟子にあたり、マーラーを熱心に取りあげていた。ワルターの演奏は情緒的とされながら、音の出し方は似ている。ワルターは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の楽員によく極端な対象を要求した。
例えばモーツァルトの交響曲のピアニッシモのところで、オーケストラがまだ弾きはじめないうちに中断して、『皆さん、もう大きすぎます。』と言うことがあった。また《フィガロの結婚》の序曲の練習では、やはりオーケストラが弾き始める前に中断して、『皆さん、もうテンポが遅すぎますよ。』というのであった。こうしたことはワルターの個性というより、同世代の指揮者の特徴である。
ワルターの演奏スタイルを簡潔な言葉で表すと、戦前の典雅、戦後の雄渾、晩年の枯淡ということになると思う。どれも魅力があるが、ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団とのモノラル録音では固まりとなってぶつかってくるような音は出さず、その出す音色は綺麗に磨き抜かれていることを強く感じる。
ニューヨーク・フィルと言わなければヨーロッパのオーケストラの演奏だと錯覚しそうな仕上がりで、レーベル面には「コロムビア交響楽団」とあるが、Philips盤には「ブルーノ・ワルター指揮管弦楽団」となっている。それはワルターのステレオ録音のコロムビア交響楽団と言うのは彼が演奏会から引退した後ロサンゼルスで録音に専念した時の団体で、実体はニューヨーク・フィルとされている。モノラル時代にニューヨークで振ったコロムビア交響楽団とは全く別物なのだ。
- 演奏:ブルーノ・ワルター指揮、コロムビア交響楽団
- 録音:1954年12月28日、30日ニューヨーク30丁目コロムビア・スタジオでのモノラル・セッション録音。
- Side-1
- セレナード第13番 ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
- メヌエット ヘ長調 K.599
- メヌエット ハ長調 K.568
- 3つのドイツ舞曲 K.605
- Side-2
- フリーメーソンのための葬送音楽 K.477(479a)
- 歌劇「魔笛」序曲 K.620
- 歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492
- 歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲 K.588
- 歌劇「劇場支配人」序曲 K.486。
- 『ミラベルの庭園にて』というタイトルで知られているポピュラリティ溢れる名曲集。ワルターの慈愛に満ちた表現がこれらの名曲に新しい表情を与えている。
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