「 DE DGG SLPM138 861-3 オイゲン・ヨッフム ベルリン・フィル フィッシャー=ディースカウ ゼーフリート ケート モーツァルト コジ・ファン・トゥッテ」を通販レコードとしてご案内します。
時代小説家の池波正太郎は鬼平犯科帳の中で「女には昔なんかない、今が全て」と鬼平に言わせている。 ― ナポリ国王の命令で戦場に行くことになった青年士官フェルランドとグリエルモは、老哲学者ドン・アルフォンソの「女は必ず心変わりする」との主張に対して、「自分たちの恋人に限ってそんなことはない」と言い争う。そこでお互いの恋人を入れ替えて、女達を試そうと目論む。港に船が着き、兵士たちが出発する。航海の無事を祈るフィオルディリージとドラベッラの姉妹のもとに、変装したフェルランドとグリエルモが現れ、フェルナンドはフィオルディリージに求婚し、グリエルモはドラベッラに求婚する。姉妹の女中デスピーナは、「男はほかにもいるでしょう」と姉妹を炊きつける。モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」第1幕第7番 ― スザンナ、バジリオ、アルマヴィーヴァ伯爵の三重唱で、テーブルかけを持ち上げると隠れていたケルビーノが出てきて、伯爵が「こりゃ何たることじゃ!」とびっくり、はたしてスザンナは「ああ、どうしましょう。神のおぼしめしに任せましょう」と腹をくくると、すかさずバジリオが「女はみんなこうしたもの(Così fan tutte)。とりたてて珍しいことではござらぬ」と言い捨てる。歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」は、このバジリオの言葉を題名にした喜劇です。このような一見ナンセンスとも言える題名と喜劇のせいで、19世紀には大分低俗な歌劇と見られていたそうです。でも、モーツァルトのオペラ作品全てが素晴らしい古典作品となっていますが、これはダ・ポンテの台本にモーツァルトが作曲した三部作だけに、前作からの引用も容易であったと推測しています。その歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」の中に歌劇「ドン・ ジョヴァンニ」を見出し、更に歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の中に歌劇「フィガロの結婚」を見出した訳ですから、モーツァルトのオペラの原点は歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」にあるというのが私の持論で、歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」こそモーツァルトのオペラ作品の最高峰であると確信しています。登場人物の数が少なく、しかもそれが一対ずつの組に分けられているために、それぞれが特徴あるアンサンブルとなっており、このオペラ独特の美しさは、このアンサンブルによるものだと思います。姉妹の性格もよく承知しているのでデスピーナこそ、この物語の主役と考えるならエリカ・ケートははまり役だ。アンサンブル・オペラと呼ばれてきたこのオペラで一番面白く、活き活きと描かれているのは悪巧みを知っているデスピーナで、歌も面白いアリアがあり、女声版レポレロと見做されている存在です。加えてディートリッヒ・フィッシャー=ディスカウも芝居がかった台詞回しをするので、悪巧みなおフザケが実に愉しそう。オイゲン・ヨッフムは過度にはオーケストラを鳴らさないが、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団がアンサンブルの整った演奏で理知的に音楽を味あわせてくれている伝説的とも言える地位を確立しています。名演と言うより熟演と呼びたい。
- Record Karte
- イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)、ナン・メリマン、エリカ・ケート(ソプラノ)、エルンスト・ヘフリガー(テノール)、ヘルマン・プライ(バリトン)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)、RIAS室内合唱団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、1962年録音。3枚組。
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