GB EMI ASD2547 オットー・クレンペラー ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 シューマン 交響曲3番 「ライン」「ファウスト」序曲

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「 GB EMI ASD2547 オットー・クレンペラー ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 シューマン 交響曲3番 「ライン」「ファウスト」序曲」を通販レコードとしてご案内します。

34-21409

商品番号 34-21409

通販レコード→英カラー・スタンプ・ドッグ盤[オリジナル]

最晩年の不屈の精神の強靭さを記録したシューマン「ライン」 ―  ほんの少しばかりオーケストレーションに難のあるシューマン。若干の混濁した内声部の響き、それを逆手にとり、曲想全体のダイナミズムを演出するオットー・クレンペラーの魅力を凝縮した一枚。録音は、1831年に建てられ、1931年にEMIの前身のグラモフォン社によって録音用スタジオとして買収されたロンドンのアビーロード・スタジオ第1スタジオで行なわれました。スタジオながらもフル・オーケストラを収容でき、高い天井と適度な響きはクラシック音楽にも適しており、クレンペラーのEMI録音の多くもここで収録されており、1954年から1971年にかけてフィルハーモニア管弦楽団(およびニュー・フィルハーモニア管弦楽団)とEMIに残した録音は、ヨハン・ゼバスチャン・バッハからクレンペラーの自作に至るまで、17世紀~20世紀に至るドイツ・オーストリア系の主要オーケストラ作品を網羅しており、波乱万丈の生涯を送ったこの巨人の晩年の世界的な名声を確立しました。特に1956年以降はステレオで収録され、録音会場の響きの特性を知り尽くしたEMIの録音スタッフによって、クレンペラーの音楽の特徴である対向配置にしたヴァイオリンの掛け合いの妙、各声部の立体感などがより鮮明に味わうことができるようになりました。特に右から聴こえる第2ヴァイオリンの雄弁さ、音量が上がっても金管に掻き消されず冴え冴えと明滅する木管パートの響きが耳に残ります。クレンペラーの演奏解釈は、同時代のブルーノ・ワルターやヴィルヘルム・フルトヴェングラーのそれとは異なり、濃厚な感情表現にはきっぱりと背を向け、作品への陶酔を厳しく拒否し、あくまでも覚醒した目で古典的様式の範疇で作品を捉えているのが大きな特徴です。1960年に録音されたシューマンの交響曲第4番は、クレンペラーによるシューマンの交響曲全集の第1弾となった作品で、初出はメンデルスゾーンの「イタリア」交響曲とのカップリングでした。その9年後、1969年2月に録音されたシューマンの交響曲第3番「ライン」は、クレンペラーによるシューマンの交響曲全集の掉尾を飾った録音でした。この時期のクレンペラーは84歳の高齢ゆえに体力が落ち、演奏にもムラが出てくるようになり、実演では必ずしも安定しない演奏が続くようになっていましたが、異形の演奏として知られるマーラーの交響曲第7番「夜の歌」、ベートーヴェンの交響曲第7番の三度目の録音、ワーグナーの楽劇「ワルキューレ」第1幕など、録音面では衰えを知らぬ強靭な精神力を感じさせる個性的な演奏が残されています。ほんの少しばかりオーケストレーションに難のあるシューマンの、この交響曲第3番「ライン」も同様で、作品の要とも言えるホルンを強奏させて重みをもたせた第1楽章はクレンペラーらしいが、主部アレグロにとった遅いテンポも独特で、我々が日頃見なれているものよりはずっと巨大な表現に満ち溢れている。それも、誰もが見やすい舞台上で行なわれているのではなく、いうならば舞台の裏で、影の部分で行なわれているような、重々しく聴き手を惹きつける魔力を持っている。つづく、悠然とした運びの第2楽章はいかにもライン河畔に遊ぶ思いである。ゆっくりと歌ってゆく伸びやかな表現で、繊細に愛情を持って語っているような親しみを覚える。作曲者の心の襞が透けて見えるようなデリケートさを湛えた第3楽章など、時にオーケストレーションの改訂も辞さない独特の筆致で作品の本質が描き出されています。ゴシック風の構築を思わせる第4楽章ものどかで、ドイツ人の信仰というよりは、まじめな生活の喜びを感じ焦る雰囲気を持った演奏である。フィナーレでは速いテンポでたたみかけ興奮される終結へ運んでゆく。

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