20世紀を代表する名演奏の数々を、的確で潤沢なイメージを沸き起こさせる文章で伝え続けた音楽評論家・吉田秀和。「批評とは主観的だが社会的責任のある仕事」というジャーナリストとしての信念のもと、音楽のすばらしさと魅力の源を探り続けた。
評論家・吉田秀和が生まれた日(1913年9月23日)。著作は多数あり、指揮者フルトヴェングラーなど巨匠音楽家らの音楽に触れ、また当時日本では未知の存在だった作曲家ジョン・ケージやピアニストのグレン・グールドなど新しい才能をいち早く見つけ、日本の聴衆に紹介した。また戦後の焼け野原で音楽教育にも貢献し、桐朋学園大学音楽学部の母体である「子供のための音楽教室」の創設にかかわり、小澤征爾、中村紘子ら新しい才能を世界に羽ばたかせた。
大正2年日本橋の開業医の家に生まれ幼いころから音楽に親しむ。ニーチェに触発され、音楽の感動を言葉に直すことに魅了された吉田は、戦争により一時期その志を折られるも、戦後批評活動を開始。若い才能を見つけ、伝える…世間の評価に左右されずに自身の耳と心で感じた音楽の質を率直に著す吉田の豊かな言葉は、人々の道標となった。
「ホロヴィッツ事件」というのが歴史にある。1983年6月11日は、ホロヴィッツが初来日してピアノ演奏を実際に日本の聴衆の前で行った日。時代はバブル景気。ピアノ・ソロの演奏会では最高金額でした。その金額でホロヴィッツが動かされたと言われても仕方の無いことでしたが、『ひびの入った骨董品』と来日演奏を批評したのが、吉田秀和さんでした。
それは若い時に来日して貰って、実際の演奏に接したかった。と言う吉田さんの正直な夢だったのですが、音楽批評雑誌の見出しだけが躍ってしまった感じです。来日の演奏会は、その一週間後にテレビ放映され多くの関心を呼びました。口さがない人は『ボロヴィッツ』などとあざけったものです。初めてそのときにホロヴィッツという名前の老ピアニストの演奏を聴いた人は多かったことでしょう。誰かが、奇跡のピアニストを連呼していたら印象は変わっていたかも知れません。
無人島に持って行くレコードと、著名な演奏家が言った一枚。との表現が時に踊っているものですが、その言葉の前後に何があるのか、はたまた本当にその演奏家の言ったことなのか真偽が・・・インターネットで時に話題となります。でも、無人島を孤島、リゾートと解釈したらどうだろう。
ホロヴィッツの初来日は、芳しい結果では受け止められないことになりましたがモスクワでのライヴ、その帰り道での来日演奏会。それらが素晴らしいものであったこと、それはライヴ録音のアナログ盤の評判が良いので感じられるとおりです。
ピアノが好きな人なら是非とも持っておくべき一枚
ピアノは無機的な楽器であるために、奏者の人となりがよく音に現れます。年齢を感じさせない男性ピアニストの魅力をもろに出したような凄まじい大音響に驚嘆する。ピアノを弾くというのは、こういうことかとも思う。
巨匠ホロヴィッツが約60年ぶりに祖国ロシアへ帰国、モスクワで開いたリサイタル・ライヴ。時に82歳の「ヒビの入った骨董」。
昔の家族との生活やラフマニノフの思い出を振り返ったり、コンサートの合間にスクリャービンの娘と対面しエチュードを演奏するなどしたことが、演奏を貴重なドキュメントにとどまらない豊かな音楽と変えている。
ホロヴィッツを聴いていていつも思うことだが、フォルテよりもピアノ、特に最弱音をどうしてこんなに美しく、鮮明に、絶妙の音色とコントロールで出すことができるのか。
レコード盤に針をおろして最初のスカルラッティが鳴りだすと同時に、ああ、やっぱりホロヴィッツの音だと実感する。少し鼻にかかったホロヴィッツの音色。「モーツァルトはロマン派のように弾き、ショパンは古典派のように弾く」という彼の言葉通り、甘くロマンティックなモーツァルト。続くスクリャービンは絶品である。
10本の指から、まるでオーケストラのように色鮮やかに変幻する極彩色の音色が紡がれ、良い意味で聴き手の予測を裏切る音楽に否応なしに惹き込まれてしまう。デジタル・ステレオ、ライヴ録音。
1986年4月、モスクワ音楽院でのライヴ録音となります。
- ソナタ ホ長調K.380(D.スカルラッティ)
- ピアノ・ソナタ第10番ハ長調K.330(モーツァルト)
- 前奏曲ト長調op.32-5(ラフマニノフ)
- 前奏曲嬰ト短調op.32-12(ラフマニノフ)
- 練習曲嬰ハ短調op.2-1(スクリャービン)
- 練習曲嬰ニ短調op.8-12(スクリャービン)
- ヴァルス・カプリス第6番 ウィーンの夜会(シューベルト/リスト編)
- 巡礼の年第2年「イタリア」~ペトラルカのソネット第104番(リスト)
- マズルカ嬰ハ短調op.30-4(ショパン)
- マズルカへ短調op.7-3(ショパン)
- 「子供の情景」~トロイメライ(シューマン)
- 花火op.36-6(モシュコフスキ)
- W.R.のポルカ(ラフマニノフ)




