〝映画スターになったピアニスト〟or〝ピアノが達者な芸人〟 ― 高度な技術を駆使しているのでしょう。ただし、それが表立つところなく、ピアノを弾くのが嬉しくて仕方ないのが伝わってきます。アメリカ人向けを意識した、ケレン味たっぷりにショウマンシップを発揮した本盤。前半はショパンで占められていますが、ドイツのシューマンからロシアのチャイコフスキー、ショパンと同じポーランドのパデレフスキ、ロペス=チャバーリという未知の音楽家、そしてスペイン出身のピアニストだからでしょうか、母国スペインのグラナドスで締めくくられます。エドゥアルド・ロペス=チャバーリ(1871〜1970)はバレンシア音楽院でピアノを教えて、グラナドスの「死の讃歌」を弦楽オーケストラ用に編曲しています。演奏はドライな音で、スポーツ観戦に似た感覚で一気に聴いてしまうほどでした。演奏者の名は、ホセ・イトゥルビ(José Iturbi Báguena, 1895.11.28〜1980.6.28)。彼は変わった経歴のピアニストでした。ワンダ・ランドフスカとヴィクトル・スタウに師事したスペインを代表するピアニストであり、パリ音楽院を経て1919年から23年にかけてジュネーヴ音楽院のピアノ科教授を務め、1923年にロンドンでデビュー・リサイタルを開き好評を博しました。1928年に渡米、フィラデルフィア管弦楽団の独奏者として1929年のセンセーショナルなアメリカ・デビュー後、1933年から1952年にかけてRCA VictorとHMVにスカルラッティ、ヨハン・ゼバスチャン・バッハ、ベートーヴェン、モーツァルトから、母国スペインのアルベニスやグラナドス、ファリャなどを録音。その膨大なレパートリーは、フランスのドビュッシーやサン=サーンスにも及ぶ。世界最初の映画音楽を作曲した、サン=サーンスは自身がピアノ演奏の大家であり、ワーグナーの楽劇のフルスコアを初見で見事に弾いて見せ、作曲者らを感嘆させたという逸話も残っている。そのサン=サーンスがベートーヴェンの熱情ソナタを意識して作った「アレグロ・アパッショナート」は魅力的な作品で、イトゥルビがそれをLPレコード初期に録音していました。ピアニストとしての活躍は目に見張るものがありますが、1933年以来、指揮者としても各地のオーケストラに客演し、1936年にはロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者となり、1947年にエーリヒ・ラインスドルフにバトンを譲ってからはフリーとして米国内でピアニストとして、また指揮者として通俗的な曲の演奏を主とした大衆的な人気スターとして活躍、さらにはハリウッドのミュージカル映画にも多数出演する、多彩な才能の持ち主としてもその名を残した。→コンディション、詳細を確認する
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