FR FESTIVAL CLASSIQUE FC408 シャルル・ミュンシュ ドビュッシー・海、夜想曲
商品番号 34-16260
通販レコード→仏FESTIVAL CLASSIQUE レッド黒文字盤
私はますます、音楽とは色彩と律動する時間であると確信するようになった ― 陽光あふれるフランス・カンヌで少年時代を過ごしたドビュッシー。彼は「音楽家でなかったら船乗りになっていただろう」と語るほど、生涯にわたって海への憧れを抱き続けました。そんなドビュッシーの書斎には、葛飾北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」が飾られています。19世紀末、パリでは万博が開催され、世界中の文化が紹介されていました。とりわけ数々の芸術家に衝撃を与えたのが日本の文化。ドビュッシーも日本文化から影響を受けた一人でした。北斎の浮世絵を大いに気に入り、自分の書斎に飾り続けたのです。しかもこの浮世絵は、交響詩 《海》の楽譜の表紙にもなっています。2018年はドビュッシー、没後200年ということで鶴屋百貨店でのレコード鑑賞会で取り上げたかったので、ようやく今年の9月29日に聴いて、ワクワク高揚しました。夜明けの暗い色調から、太陽が真上に燦然と輝くダイナミズム。弱音から炸裂するクライマックスまで音が飽和することのない、素晴らしい環境のオーディオ装置に、ドビュッシーの音楽を深く聴き込めたようです。アルテュール・グリュミオーが録音したモーツァルトのヴァイオリン協奏曲に続いて聴いたことで、フランス流の艶かしさは共通していながら、古典音楽の様式美とのコントラストになった。副題に、〝管弦楽のための3つの交響的素描〟とある。第1曲は〈海の夜明けから真昼まで〉。この曲からイメージされるのは、早朝、まだ暗い中でうごめく波。そして日が昇るにつれて見えてくる雄大な海の姿です。第2曲は〈波の戯れ〉。音形そのものが、寄せては返し、はかなく消えていくさざ波のようです。そして第3曲〈風と海との対話〉は、風の巻き起こす力強い波が、オーケストラに乗り移ったかのようにダイナミックに響きます。ワーグナーの歌劇「タンホイザー」の主題になっているように、ルネッサンス音楽では韻を踏むことが重要視されて、やがてバロック音楽時代を迎えます。変奏形式が原型にある西洋音楽ではメロディーに頼って作曲法は発展しますが、ドビュッシーは日本の浮世絵に刺激を受け、断片だけでも十分音楽の表現ができるとインスピレーションを得ます。海の嵐を予兆させる低弦楽器で鳴り響く「風」のような音、「波」をイメージさせる部分を楽譜で見てみると、本当の波のように音形が上下に揺らめいていることがわかります。このように、メロディーではなく、音の塊や音の運動で自由に海を音楽で表現したことが、ドビュッシーの革新性なのです。音楽の姿について、「音楽の本質は形式にあるのではなく、色とリズムを持った時間なのである」と語ったドビュッシーは、斯くも〝色とリズム〟で、海そのものを表現したのです。愛する海をテーマに作り上げたこの交響詩は、ドビュッシーが円熟期の1905年に発表した代表作です。時代は奇しくも、美術の分野で印象派絵画が起こったのと重なり、ドビュッシーの革新性が影響もしたことで印象主義音楽の一翼を担っているとされるのです。
マスネやグノーの、つまり19世紀後半の極めてフランス的な二人の作曲家の音楽の官能的な雰囲気と爽やかな果実のような味わいこそがドビュッシーの全音楽の特徴なることは否定できなかろう。そして、本質的にこのことによってこそ、ドビュッシーは《フランス的音楽家》であり、《フランスのクロード》であるのだ。とはフランスの音楽評論家アントワーヌ・ゴレアの言だが。ドビュッシーは結構奔放な生活をしていたらしい。サンソン・フランソワの先生として知られるイヴォンヌ・ルフェビュールがドビュッシーの前でピアノを弾いたときのこと。巨匠の作品をドキドキしながら弾き終えたイヴォンヌがおそるおそる感想をうかがうと、夢からさめたようなおぼろげな表情のドビュッシーが、「ごめんなさい、あなたの髪があまりに美しくてピアノを聴いていませんでした」と告白したそうな。当時イヴォンヌは、身の丈ほどもある髪を頭のまわりにぐるぐる巻きつけていたのだ。ドビュッシーは髪フェチで、作品にも髪を扱ったものが少なくない。ピアノの名曲「亜麻色の髪の乙女」もそのひとつで、もとになった詩には、金茶色(ブルネット)の髪とさくらんぼのような唇を持つ少女への想いが歌われている。脳みそのどこかをくすぐられるような、女性のエキスがしたたりそうな、寄せては返し、はかなく消えていくさざ波。日が昇るにつれて見えてくる雄大な海は、豊かな髪か。眩しく美しい太陽だがジリジリとしない、透明で清澄な響きはドビュッシーの特徴となっている。波のうねり、流れる雲、吹き寄せる風の感触に女性の艶やかな長い髪を感じまいか。心に刻み込まれた印象を自由に、大胆に表現したドビュッシー。ドビュッシーの様式に囚われない自由な、その音楽は20世紀音楽の扉をも開いたのです。シャルル・ミュンシュは音楽が持っているストーリー性を、物語の様な視点で語りかけてくる。それが度を越すケースが多いのだけど、熱を持って表現する。ミュンシュは当時ドイツ領だったストラスブルク出身であることからブラームスなどのドイツものまで得意としていたのは当然、彼の演奏で聞いても見たかったがバッハも熱愛していた。そのアイデンティティあってこそのベルリオーズなどのフランスものでの情熱的な指揮ぶり、爆発的な熱気あふれる音楽表現で感動的。本盤はボストン交響楽団、パリ管弦楽団とは別の、フランス国立管弦楽団との演奏。1968年録音といえばミュンシュの亡くなった年。彼はクロード・ドビュッシーの交響詩《海》の録音を幾つか残しているが、巨匠最晩年、演奏旅行中に亡くなる9ヶ月前の貴重な録音。そう、この演奏は偉大な指揮者の最後の姿を収録したものだ。彼は音楽的には衰えることなく絶頂期に逝った。〝ベルリオーズの幻想交響曲〟と本盤の1ヶ月前の録音だった、〝ブラームスの第1交響曲〟でのミュンシュがドライヴするパリ・コンセルヴァトアールの燃焼ぶりは永遠に色褪せることがない。近代フランス音楽の華麗な音響でこそミュンシュの真価は発揮されたが、そして何よりも作曲者の破天荒な発想を現実の音としている。本盤でも、彼らしく華麗でエネルギィッシュだ。とくに「祭り」が絶品。生涯のほぼ半分ずつを、それぞれドイツ人とフランス人として送った彼は、両国の音楽を共に得意とした。ドイツ音楽ではベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーンなど、フランス音楽ではベルリオーズ、フランク、サン=サーンス、ショーソン、ドビュッシー、ラヴェルなどに名盤を遺した。ミュンシュは自国の音楽に先天的共感を以って、この効果の難しい難曲を実に巧みに演奏し妙に現代風なダイナミックを強調しない点はさすがである。現代の優等生指揮者が機能的オーケストラを振ったようなパステルカラー調の《海》とは比較にならないほど強烈なサウンドカラーが表出される。ドビュッシーが思い描いていたサウンドはこのようなものだったのではないか。彼が愛した地中海は、いわば原色の海だったのだろう。→コンディション、詳細を確認する
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