IT PYE KDLC15011 ジョン・バルビローリ ハレ管弦楽団 序曲集

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34-16337

商品番号 34-16337

通販レコード→伊ブルー黒文字盤

サー・ジョンも歌の人だな。 ― 思い入れたっぷりの間の取り方、「崩し」とも思えるほどの入念な表情をつけて、〝ワタシ、この旋律が好きなんです〟という思いが伝わってくるくらいに、情動的でロマンティックでおセンチ。英国式の演歌か。これほどまでに個性的にロマン色溢れた演奏は、作品解釈とは別腹に好きです。ジョン・バルビローリ(Sir John Barbirolli, 1899年12月2日〜1970年7月29日)は第二次世界大戦に従軍。〝サー・ジョン Sir John〟の愛称で知られる。1943年にハレ管弦楽団の音楽監督に就任するが、バルビローリが戦地から戻ると、オーケストラの楽団員は戦死したり、傷を負っていて演奏会どころではなかった。どれほどのオーケストラだったといえども指揮者だけでは何もならない。まずはオーケストラの立て直しからがバルビローリの仕事だった。しかし健全な男性奏者は集まりそうにない。空襲で荒廃した街に音楽を響かせるために、女性奏者を募ったり、バルビローリはオーケストラの再興に尽力しました。演奏会以外の時間はそういうことに費やし、一日は24時間じゃないとも頑張った指揮者でした。「一日16時間の仕事」、「一日1食も珍しくない」といった勤勉ぶりで、技量やアンサンブルは超一流とはいかないがバルビローリ自らが採用したメンバーを含む心あたたまるサウンドは、感興の豊かさ初々しさは段違い。戦後間もない演奏で、演奏者の技量はまだまだながら音楽で復興を応援する気概に魅了される。古いところではバルビローリが自ら組織した室内管弦楽団との1928年録音から、膨大なセッション録音を残している。バルビローリが壮年期の充実の時を迎え、目覚しい発展の途上にあったハレ管弦楽団との、1950年代の録音を集めた名曲コンサート。レハールのワルツ「金と銀」をはじめ、魅惑の名演が楽しめる。この時代の指揮者は「巨匠」とよばれるような人でも、決してその様な「小品」を馬鹿にするような態度は取りませんでした。そして、そう言う「巨匠」達の中でもバルビローリは「歌わせる」事に関しては天下一品の腕前を持っていましたから、《金と銀》のような作品は彼にとってはピッタリの音楽でした。このワルツは、レハールにしては珍しく、オペレッタの中の作品ではなくて単独の作品として作曲されました。1902年の謝肉祭の間に催されたパウリーネ・メッテルニヒ侯爵夫人主催の舞踏会のために作曲されたらしくて、《金と銀》というタイトルは、この舞踏会の課題にそったものだったようです。彼女はこの時代の音楽家にとってはパトロン中のパトロンとも言うべき存在であり、その交友関係はワーグナー、リストなどを筆頭に多岐に及んだ。夫はオーストリア帝国の宰相だったメッテルニヒ侯爵の一人息子であり、外交官であった夫に従ってザクセンやパリの社交界で重きをなし、夫が亡くなってからはウィーンに戻ってヨーロッパ社交界の指導者とも言うべき地位にあった、そのウィーンでのサロンでは数多くのオペラを簡略した形で上演をし、その中には「ニーベルングの指輪」も含まれていたというのですから驚かされます。そんなパウリーネがこの世を去ったのは第1次世界大戦直前の1912年だったというのは幸せなことだったのかもしれません。故にこの《金と銀》から、滅び行く古き良きヨーロッパの姿が匂い立ってくることに気づくべきなのです。 メインはバルビローリの傑作として有名なレハールの《金と銀》で、本盤の録音の前後に、1952年4月5日と1966年12月30、31日のレコードもある。ヨハン・シュトラウス作品では時に嫌味と思える崩し方、遊び方もここでは曲の趣向と融合している。サラリと行くところはほとんど無いが、気持ち込めきって、ヴィブラートの不揃いも胸をかきむしる。お馴染みのメロディでは、プロムス・ラスト・ナイトで聴衆と一体になっているサー・ジョンの指揮姿が思い浮かぶかのようである。

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