JP WESTMINSTER ML5268 ジャン・フルニエ&ヤニグロ&スコダ シューベルト ピアノトリオ2番(輸入メタル使用盤)
商品番号 34-21227
通販レコード→日本ダーク・レッド白文字盤
シューベルトの天才性をじかに感じさせてくれる、このウエストミンスター盤を聴かなったらシューベルトのピアノ・トリオの素晴らしさに目覚めることは無かった。 ― フルニエのヴァイオリン、ヤニグロのチェロ、バドラ=スコダのピアノによるウエストミンスター・レーベル常連の名手たちがピアノ・トリオを結成して録音した1枚。占領国で基軸通貨の国アメリカは、ブレトンウッズ固定相場制下で外貨取引上の大変な恩恵に与り、ウィーンでのアメリカ人の生活費や、アメリカ人がオーストリア人に支払うギャラが対ドル換算で約53%切り下げとなったことをチャンスと捉え、さまざまなアメリカ産業や投資マネーがオーストリアに進出。クラシック音楽業界でも、ウェストミンスターのほか、ヴォックス、コンサートホール・ソサエティ、ハイドン協会などといったレーベルが、ウィーンの音楽家を起用したり、ホールを使用したりして積極的な活動を展開していました。まずは、教育者としても優れ、パリ音楽院やザルツブルク・モーツァルテウム音楽院で長く教授を務めたパウル・バドゥラ=スコダ。フリードリヒ・グルダとイェルク・デームスと彼を「ウィーン三羽烏」と称する。〝生きたヒストリカル〟で、1949年にヴィルヘルム・フルトヴェングラーやヘルベルト・フォン・カラヤンらといった著名な指揮者と共演した。その録音数は膨大で、200点以上に達するが、ウィーン古典派、とりわけモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトの専門家である。イタリアが生んだ名チェリスト。11歳でパブロ・カザルスに認められフランスに留学したアントニオ・ヤニグロ(1918〜1989)は、世界恐慌と戦争の影響から、近代都市ザグレブでキャリアを構築。戦後は、ユーゴスラヴィア軍によるアメリカ軍機撃墜の影響とも考えられる謎のジュネーヴ国際コンクール2位判定で西側キャリアをスタート、その後は資本主義と社会主義、北半球と南半球も縦横に行き来するなど世界規模で活躍することとなります。 ― 世代的にピエール・フルニエとムスティスラフ・ロストロポーヴィチのちょうど間に位置するチェリストであるが、ヤニグロのチェリストとして演奏活動をおこなった時期が第二次世界大戦を間に挟んでいるために、演奏家として脚光を浴び難かった、ということもいえなくもないようであった。然し乍ら ― ヴァンガードとウェストミンスター、RCAにヤニグロの残したレコードは、感情と形式が鬩ぎ合って絶妙にバランスされた名演と、彼のチェロの美しい音色が、コレクターの間で話題となりました。さてジャン・フルニエ(1911~2003)はパリ出身のヴァイオリニスト、フルニエと聞いたら、まず百パーセントのクラシック・ファンが思い浮かべるだろう有名なチェロ奏者のピエール・フルニエの陰に隠れがちな弟で、兄と同じくパリ音楽院を一等賞で卒業。フランス国内はもとより、広く世界中でソリストとして注目された。ミラン・ホルヴァート指揮、ウィーン国立歌劇場管弦楽団での、モーツァルトの「ヴァイオリン協奏曲第3番、第5番」(ウエストミンスター WL-5187)は優雅な演奏だ。その自然な演奏法と柔軟性に富んだ豊かな音色は、知的な解釈と相まって極めて仕上げの美しい演奏を生みだしました。バドゥラ=スコダ、ヤニグロ、フルニエでシューベルトのピアノ・トリオの素晴らしさに目覚めることになった、1952年とは信じがたい艶めかしい優秀録音。
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