レコード史上記念碑的録音 ― 英EMIの名プロデューサーにしてシュヴァルツコップの旦那であるウォルター・レッグの戦前の大仕事。全世界を対象に発売する目的で、初めて立ち上げられたプロジェクトがレッグ自身がその実現を何よりも渇望していた作曲家フーゴー・ヴォルフの歌曲集だった。エレナ・ゲルハルト、ティアナ・レムニッツ、マルタ・フックス、アレクサンダー・キプニス、ゲルハルト・ヒュッシュ、カール・エルプ、ヘルゲ・ロスヴェンゲ、ヘルベルト・ヤンセン、ルートヴィヒ・ヴェーバー、フリードリヒ・ショルなどといった名歌手たちを使って、1931年から録音が開始され、1938年まで全6巻に分けて発売された。ピアノ伴奏もジェラルド・ムーア、ハンス・ウド・ミュラー、ミヒャエル・ラウヒァイゼンなどといった人々である。当時、ヨーロッパだけでは全く予約数が足りず企画倒れになってしまうところを、日本からの相当数の予約によってプレスが実現したというエピソードは有名だが、それは企画第1巻として1932年に発売されたゲルハルトが歌った分についての話である。あらえびす(『銭形平次』で有名な野村胡堂が音楽レコード評論を書くときのペンネーム)の『名曲決定盤』によると、初回予約目標500組に対して日本から120組の予約が寄せられたとのこと。最終的には200組以上の注文が日本から行ったそうです。それらのレコードは、戦火で焼失したのでしょうか。そのヴォルフを聴かないままで済ますのは、レコード愛好家を自称するには惜しいことである。この「フーゴー・ヴォルフ協会」の成功を受けて、次なる企画として、ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ」と「協奏曲」の全集がアルトゥール・シュナーベルの演奏で立案された。この企画も日本からだけで2,000組を超える予約が集まり大成功となった。その後は、パブロ・カザルス演奏で、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「無伴奏チェロ組曲」全曲録音へとなる。さて、ヴォルフだから、そんなに売れたのか。今も昔もヴォルフのブームは変わりはない。つまり上のエピソードは、如何にゲルハルトが偉大だったか、ということである。この企画でもSP6枚組の第1巻まるまる一人で歌っているのは彼女だけなのだから。ドイツが生んだ大リート歌手ゲルハルト(1883〜1961)はライプツィヒ音楽院の学生だった1902年、学長に就任したアルトゥール・ニキシュ(1855〜1922)が彼女がライプツィヒの公衆の前で歌うことを特別に認めた。1903年に音楽院を卒業すると多くの演奏会契約が待っていた。レコード録音は、ニキシュのピアノで1907年からはじまった。以降機械式録音時代、電気録音時代と多数ある。緻密で澄んだ深みのある歌声。〝彼女こそ本当のメゾ・ソプラノ〟という思いがする。高音から低音まで、実に斑のない素晴らしい声である。発声法も、現在の耳で聴いても古めかしさを感じないどころか、横隔膜が完璧に息の流れをコントロールしていることが手にとるように分かる。さらに、技巧らしさを感じさせない巧みな歌い方が、ニキシュの引き締まったピアノ伴奏に引き立てられ、凛とした気品を放っています。48歳頃の録音。さすがに若い頃の声の瑞々しさはありませんが、しっかりした技巧に裏打ちされた達者な歌い方で、ヴォルフの歌曲の良さを引き出しています。ゲルハルトは正規録音の他に1939年に6枚組のアルバム「ブラームス、シューベルト、ヴォルフを歌う」を、さらに大戦後の1947〜1948年にシューマンの歌曲集「女の愛と生涯」をプライヴェート盤として制作し、自身の知人やファンに配り一般販売はされなかった。
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