GB DECCA SET252-3 ベンジャミン・ブリテン ガリーナ・ヴィシネフスカヤ ピーター・ピアーズ ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ ロンドン交響楽団 ブリテン 戦争レクイエム

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34-14807

商品番号 34-14807

通販レコード→英ワイドバンド WITH GROOVE “ORIGINAL RECORDING BY THE DECCA” ED1 盤[オリジナル]

私の主題は戦争であり、戦争の悲しみである。詩はその悲しみの中にある。詩人の為しうる全てとは、警告を与えることにある。 ― ブリテンはこの曲のスコア冒頭にこのような、詩人ウィルフレッド・オーウェン(Wilfred Owen, 1893〜1918)の一節を書き記している。第一次世界大戦の終結一週間前に、25歳の若さで戦死した詩人オーウェンの反戦詩をテキストに、第二次世界大戦の犠牲者のためのレクイエムとして作曲されたブリテンの傑作。この文は《戦争レクイエム》の持つ性格を端的に現しているだけでなく、戦争を二度と繰り返さない為の作者の深い祈りがこもっている。20世紀前半、ベンジャミン・ブリテンが作曲家として認められてきた頃、英仏とドイツの間で戦争が始まり、第二次大戦へと拡大する。第二次世界大戦中の1940年、ドイツ空軍の大空爆によって英国ウォリックシャーのコヴェントリーにある聖マイケル教会は破壊された。この空爆はその後「空爆で破壊する」という意味を持つ〝coventrate〟という新しい動詞を生み出すほどの有名なもので、いわばイギリス国民にとって第二次世界大戦を象徴すると言っても過言ではないほど悲惨な体験の一つであった。ブリテンは有名な反戦主義者で第二次世界大戦の兵役を拒否してアメリカに滞在したために、戦後イギリスに戻っても英国王室から「サー」の称号を貰えなかった唯一の著名なイギリスの作曲家である。1962年5月に新たに建立された大聖堂の献堂式を行うために、この教会の委嘱を受けたことによってブリテンは1960年後半から、作曲中であった他作品を中止してこの作品に取り組み、1961年12月に完成させた。そして予定通り1962年5月30日の献堂式に初演された。《戦争レクイエム》は、従来の、教会における死者のためのミサ曲を、ただ踏襲したものではない。第二次世界大戦ヨーロッパ戦線の中心的交戦国だった、ソ連のソプラノ、ガリーナ・ヴィシネフスカヤ、イギリスのテノール、ピーター・ピアーズ、ドイツのバリトン、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ ― 戦争の恐怖と被害を身に沁みて体験したこれら三国の最も優秀な歌手を一堂に集めることを初めから考慮して作曲した。《戦争レクイエム》は戦争の悲惨を奏し、これを告発する。真の和解を確認して平和への誓いを固めたいという願いで歌う。折りしも1962年といえば冷戦の真っ只中であり、そうした時代に初演を迎えるからこそ意義のあった。フィッシャー=ディスカウは、演奏会で「奇妙な出会い」を歌いながら、感動のあまり落涙したほどである。「死んだ友人達、辛かった過去が心に呼び起こされた。」とフィッシャー=ディスカウは語っている。聴衆はどのように受け取ったのだろうか。日本初演は1965年、読売日本交響楽団が行い、ディビット・ウィルコックスが指揮をした。会場となった東京文化会館は満席だったというから、前年に東京オリンピックが行われ〝戦争の昭和〟から〝平和の昭和〟へのケジメとなった象徴的なレクイエム。作曲者のブリテンがロンドン交響楽団を指揮し録音した歴史的名盤。レコードのステレオ録音は、英国DECCAが先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。 この技術は1968年ノイマンSX-68を導入するまで続けられた。その最新レコード技術と同時代に発表された現代音楽。20世紀最高の声楽作品と言われるこの曲の初演者のメンバーによる記念碑的録音。〝名曲、名演奏、名録音の貴重なレコードだ。〟と長岡鉄男外盤A級セレクションに選ばれている、第1回レコード・アカデミー賞の大賞を受賞した永遠の名盤。

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