蓄音機時代の演奏家は初めて演奏する曲をどう料理するかは自分の中から見つけるしかなかった。LPレコードの時代は名声は届いていても姿を見ることは幸運に恵まれる必要があった。 ― スヴァトスラフ・リヒテルのピアノ演奏は、その内面からくる音楽解釈の深さと卓越した技巧により常に私たちを魅了し続けており、現在でも多くの音楽ファンは楽曲の本質的な演奏をリヒテルに求めています。米ロの冷戦の最中、1960年の西側登場以前、以後ともに豊富な録音が残されていますが、本盤も其の中の一つです。ピアノ一音一音の粒立ちがハッキリしています。リヒテルのピアノソロは隔絶した高みにいるので、全体に一段も二段も止揚した高みに聴こえて来るから不思議。発見させられることばかりで、疑問を持つどころではない。本盤はロシアの巨人リヒテルが1960年代に初めてヨーロッパに現れ、各地でセンセーションを巻き起こした頃の録音です。1956年、ドイツ・グラモフォンはプラハに赴き、リヒテルによるシューマンの作品を録音しました。この録音が大成功だったため、さらにリヒテルのレコードを作りたいと考えましたが、当時リヒテルは西側への演奏旅行をまだ許されておらず、1959年、録音チームをワルシャワに送り、ここに収められたシューマンの《ピアノ協奏曲イ短調 op.54》、《序奏とアレグロ・アパッショナート ト長調 op.92》、《ノヴェレッテ ヘ長調 op.21-1》、《トッカータ ハ長調 op.7》の録音が完成。ここに〝リヒテルの超人伝説〟が仕切られた。傑出した演奏は時代を超えて輝き続けています。リヒテルのピアノ演奏は、西側にデビューして間もない時期の録音なので、技術的にも全盛期ながら、むらっけのあるピアニストの姿が良く反映していてシューマネスクな香りの漂うピアニズムが魅力。シューマンの音楽が全体に一段も二段も止揚した高みに聴こえて来るから不思議。まさに白熱の演奏で、リヒテルのピアノがオーラを発しているようだ。そのオーラを披露されているからファンには堪ったもんではない。リヒテルはシューマンのピアノ協奏曲を気に入っており、その理由については『正確に何が、ということははっきり言えないのだが、でも何か本質的な部分、詩的な部分が欠落しているのだ…』と自伝に吐露している。その部分的欠落感がシューマンの音楽であり、リヒテルは模索しながら、その欠落感を補おうとしている。そんなところが伝わってきて聴いていて熱くなってくる。リヒテルはレパートリーは広かったが、演奏する曲は限られている。これはグレン・グールドが完璧な曲を自分が演奏するものではないと録音しなかったことに近い動機ではないだろうか。ALLE HERSTELLER ではじまる初期チューリップ盤。
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