DE DGG 413 933-1 ヘルベルト・フォン・カラヤン ジャネット・ペリー アグネス・バルツァ ヴィンスン・コール ジョゼ・ヴァン・ダム ベルリン・フィル ベートーヴェン 交響曲5&9番

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34-18400

商品番号 34-18400

通販レコード→独ブルーライン盤 DIGITAL RECORDING

洗練されたアンサンブルに強奏部の金管の鳴りのよさ、切れのいいティンパニ、どれも見事です。 ― わが国でも「第9」の呼称で広く親しまれている全人的な理念を音楽で表現したこのベートーヴェン畢生の大作は、独唱と合唱を終楽章に置いた革新的な作品です。ヘルベルト・フォン・カラヤンのベートーヴェンの交響曲全曲は4つあり、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してドイツ・グラモフォンに3度完成させた交響曲全集中の録音で、オーケストラの機能を最大限に発揮させ、精緻でありながら力感の漲る壮大なスケールで、カラヤンのベートーヴェン解釈の総決算といえる演奏を展開しています。1950年代はフィルハーモニア管弦楽団を振る才気溢れる若きカラヤンの颯爽さ、1960年代のものには未だ前任ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの残滓の残るベルリン・フィルとの模索闘争、1970年代になってベルリン・フィルで君臨したカラヤン・スタイルの確立。そして最後の1980年代にはいると晩年の人生諦観の反映がありながらも、自己の芸術の仕上げに集中している。演奏家が年齢を重ねると一つの曲に対してその演奏の変化が顕著な場合とそうでない場合があり、カラヤンほどの指揮者になると一つの曲をビジネスライクに何回も録って都度加齢に伴うそれなりの評価を得て来たところだが。どの全集もカラヤンであることには違いなく、演奏の基本的スタイルに変化はないが、余分な響きがとれて、音色はまた少し渋くなってきている。カラヤン自身の健康の事や、本全集の録音が開始された1982年には〝ザビーネ・マイヤー事件〟の勃発の仕事への影響は、大なり小なり有りはしたでしょう。結果的には彼のベートーヴェン解釈の総決算とか遺言とかになるのでしょうが、全体あのかつてのカラヤン独特の精緻重流感溢れるベルリン・フィル・サウンドは良く、ややスリム化された演奏で展開されます。映像制作と平行して、ドイツ・グラモフォンへレコーディングした、ベートーヴェンの《交響曲第9番》と《第5番》は、カラヤンのベートーヴェン解釈の総決算ともいえる、美しく彫琢された円熟した演奏です。この1980年代の最後の全集については、いつも1970年代のものと比較されており、1970年代のものがもっともカラヤンらしいとか言われるが、わたしは奇数交響曲第3番《英雄》、5、7番については1970年代のアナログ録音が最高だと思っているのだが、個人的嗜好を退かせば第9番だけはこの1983年のデジタル録音を採りたい。緩徐楽章などには以前はなかった非常に透明な美しさや、感情のうねりなどが見られる。合唱も活躍する第4楽章は感動する事間違いなし。過去のものと比較するのも一興。こじんまりした1970年代や音が枯れている1960年代より録音に厚みがあり、美への純粋な憧れが滲んだ温かみのある演奏です。それでいて、見えない緊張の糸が緩まないのもカラヤンの長所でしょう。〝カラヤンの第9はこれ以外もっておらず、他を聴いた事がなくても〟十分です。この2曲が録音された当時、なかなかカラヤンのように精一杯の重厚さでベートーヴェンやブラームスを聴かせる指揮者は一握りになっていました。同世代では、ギュンター・ヴァントがクローズアップされたり、後進の巨匠と呼ばれる人たちさえ小味な音楽を志向し始めた中で、彼は一生涯、自らが手本とした先人の流儀に近い形で音楽を発信し続けた。カラヤンは、あたかも楽壇の将来的展望を見据えた音楽家のように巷間伝えられていますが、本質的には、西欧の伝統の内に自己の在り方を探ってきた人であり、前衛を振りかざして仕事をすることの無かった指揮者です。往年の巨匠たちの例に洩れず、同時代の人々と価値観を共有しながら、自分にしか成し得ない理想の答えを追求していたように感じます。わたしの確信は、他の作品に比較しても、カラヤンのベートーヴェンに限っては時代を経て再録音されたものの出来不出来のばらつきがかなり少ない。何故故カラヤンがベルリン・フィルと3回も録音したか見えてくる気がします。

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