一聴に値する名盤 ― レコードのステレオ録音は、英国DECCAが先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。 この技術は1968年ノイマンSX-68を導入するまで続けられた。その最新レコード技術と同時代に発表された現代音楽。英国の音楽というとビートルズ、ブリティッシュロックなど今でこそ音楽が盛んですが、ベンジャミン・ブリテンの八面六臂の活躍あってのことでした。ホルストの組曲『惑星』が英国のオーケストラ曲として人気ですが、私は20世紀のイギリス、というよりエルガー以降のイギリスの作曲家を高く評価している。こうした土壌があればこそ、ブリテンのような才能が生まれ出るのだと思う。イングランドの劇作家、ウィリアム・シェイクスピアの名作を作曲した作品ではメンデルスゾーンの劇音楽「夏の夜の夢」が最も有名だが、英国バロック期のパーセルを始め、複数の作曲家が作品化しています。『ファウスト』はドイツの文人ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの代表作とされる長編の戯曲。60年もかけて完成された1万2千行に及ぶ大作です。ゲーテの「ファウスト」を題材にした音楽は非常に多い。人間の野望と贖罪、弱者の救済、といった不変のテーマに幾多の作曲家の筆をとらせることとなった。フランスの作曲家は、ゲーテに対しては遥かに緩やかな対応をしており、グノーの「ファウスト」が有名ですが、すでに「ファウスト」はグノーだけにはとどまらない題材で、ベルリオーズの劇的物語「ファウストの劫罰」、イタリアはボーイトの「メフィストフェレ」などがあります。ゲーテの作品以前に伝説をもとにした人形劇があり、ブゾーニの「ファウスト博士」はそれを原案として採っており、ゲーテも人形劇から題材をとっています。ドイツ・ロマン派の熱狂と動揺のすべてを体現する作品として、シューマン以前にもE.T.A.ホフマンやウェーバー、メンデルスゾーンらがこの作品の音楽化を試みている。ワーグナーもオペラ化を計画したほどですが、しかし、この作品が持つ無限の多様性を音楽化できずに、序曲に留まりました。ゲーテの「ファウスト」は伝説から作られた、『探求』の物語の一つです。『ファウスト』と同じ探求というテーマは、エジプトやギリシャの古代神話の中にも見られます。エジプト神話の「イシスとオシリス」の伝説や、ギリシャ神話の「オルフェウスとエウリュディケ」の話などですが、「聖杯探求」の伝説もあります。これらと同様に、ゲーテの『ファウスト』も、普遍的な調和を人類が探し求めることを象徴的に表しています。ファウスト博士は、この世で重ねる様々な、入り組んだ経験のすべてを通して、世界を一つにまとめている秘められた力、世界を進むべき方向に導いてくれる秘められた力は、自身の内部に現れていることを学びます。ドイツ人が「ファウスト」を引用する際には、その多層な世界を原語を通じ、理解し得るばかりに、換骨奪胎することは好まず、直截的な引用とするのです。リストの「ファウスト交響曲」、マーラーの「交響曲第8番」などが例証としてあがりますが、一部を引く傾向にある。シューマンの創作は、「歌の年」があり、ピアノ曲に集中、交響曲に取り組むなど、一つの分野に集中する傾向がある。シューマンにとって、オペラもそうした集中の一貫として目されたものでした。その時、題材の候補にはゲーテの「ファウスト」も含まれていた。器楽と歌劇、双方に資質を示した作曲家は珍しい。熱心なシューマン信者であるニコラウス・アーノンクールにいわせれば、「その数少ない例にシューマンを入れるべき」。《ファウストからの情景》は、10年に及ぶ創作の過程でオペラから劇音楽に方向を変えていますが、オラトリオ的な性格と、器楽曲に顕著なシューマン・スタイルを表出する苦心に、その集中の度合いが現れています。1844年1月25日から5月末にかけて、シューマンは妻クララのロシアへの演奏旅行に同伴した。その途上、エストニアのドルパッド(タルトゥ)において『ファウスト』終末部に霊感を受けたシューマンは、ライプツィヒに戻ると『ファウスト』の音楽化の構想を練り始めた。当初はオペラ化することを考えて第2部の終わりの情景から作曲に取りかかったものの、原作の持つ巨大さ、複雑さ、濃密さのために、オペラではなく『ファウスト』からいくつかの場面を抜き出すことにより交響詩的な作品をめざすことにした。全曲は概ね第3部、第1部、第2部、序曲の順で成立しており、日本の音楽学者前田昭雄は、『ファウスト』最奥の本質的な處から筆が起こされているとする。最後に序曲が書かれたのは、デュッセルドルフに移った後だった。フランスの著述家マルセル・ブリオンによると、「巨大な劇的迫力をもって『ファウスト』全体の人間的、また超人間的悲劇を隈取りつつ、壮大な内的統一を保持するため、シューマンは自己の精神が澄み切る瞬間を最後の最後まで待ち続け、1853年4月13日から15日にかけての3日間で一気に書き上げた」としている。シューマンは、この序曲で『ファウスト』全体が集約されるような音楽を書こうとした。オラトリオ的な作りだが、フーガやソナタ、そしてオペラのアリアを思わせる独唱など、シューマンの作曲した教会音楽すら、これほどの神聖な情感、神的な直感に達してはいない。シューマンは管弦楽法がうまくないということをよくいわれるが、この曲も、交響曲と同様にもったりと厚いが、これはこれでシューマンのロマン性をよくあらわしている。そもそも、シューマンの中後期の作品理解、とくに大作への理解が遅れており、判断と評価の適正な基盤はまだ整っていない。この作品を一晩で全曲上演することについて、シューマン自身が困難であることを認めている。その困難はレコードで克服できるし、録音が増えればこの作品の真価に時代を超えた永遠の貢献が認められるのは必至。シューマンの合唱曲には、オラトリオ『楽園とペリ』や劇付随音楽『マンフレッド』といった管弦楽を伴う大規模作品があるが、編成の大きさ、10年間という作曲期間に作曲家の精力が最も集中された点において、この《ファウストからの情景》は、シューマンの全創作のうちでも畢生の大作といえるものとなった。これは音楽を愛好するもの生涯のうちに、一聴に値する傑作です。
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