長岡鉄男の外盤A級セレクション第1巻60掲載盤。 ― 美音とその表現力、そしてハイフェッツの愛弟子として注目を集めていたピエール・アモイヤル。世界的なヴァイオリニストであるだけでなく、名教師としても知られている。そんな彼が2002年に弟子をはじめとする国際色豊かな13人の弦楽器奏者たちとローザンヌで結成した弦楽アンサンブルが「カメラータ・ド・ローザンヌ」。高いクオリティ―と、新たなアイディアを取り入れながら築き上げた演奏は、これまでにヨーロッパを中心とし、アジアやロシアなどでも絶賛を博している。アモイヤルの柔らかなヴァイオリンが、弟子たちとの幸せな融合を奏でる。2016年7月に、その来日を得たことは記憶に新しい。アモイヤルは、23歳から29歳という、人としても、そしてヴァイオリニストとしても多感で実り多き時期に、ヤッシャ・ハイフェッツの指導を受けた。エラートに多くのレコーディングを残しているが、アモイヤルの気迫と情熱!澄みきった音色で綴る、芳しいロマン溢れるブルッフとグラズノフの2大名曲の録音を聴いた、ハイフェッツから「素晴らしい録音!」と直々に電話があったという、アモイヤルにとっても想い出深い録音になっている。プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲は、従来のこのジャンルが持っていたような、華奢で上品なイメージの作品ではありません。古典派からロマン派のヴァイオリン協奏曲では、独奏がオーケストラの弦楽パートに溶けこまない配慮をしたり(ベートーヴェン)、対話形式にして際立たせたり(ブラームス)、合奏協奏曲的に処理したり(メンデルスゾーン)いろいろ工夫が施されてきました。アモイヤルがエラートに録音している、タルティーニの「悪魔のトリル」や、フランスの国立科学研究センターとエラートの共同制作だった、パリ音楽院に所属する楽器博物館所蔵の、アマティ、ガルネリウス、ストラディヴァリウスといった名器の素晴らしい響きをアモイヤルの優れた技巧で堪能できる「名器の響き ヴァイオリンの歴史的名器」を聴くのがいいが、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータでも、陶酔される感動が協奏曲で発揮しきっているといえるか。でもプロコフィエフはヴァイオリンの楽器の特性をフルに散りばめつつ、オーケストラと対等。渾然一体となっていて「管弦楽のための協奏曲」というジャンルに近い、統率は指揮者に委ねきり、ソロは超絶技巧を凝らしきるのみ。これはプロコフィエフのすべての協奏曲に共通する特徴です。音楽を表現するのに程遠い言葉にもなるでしょうが、このヴァイオリン協奏曲の大きな特徴は、「人間くさい」でしょう。神秘さと諧謔さの二面性があるにもかかわらず、曲自体はちぐはぐになることなく自然な流れを作っています。天上的なヴィジョンがグロテスクな世界へと転じたり、プロコフィエフらしいユーモア溢れる楽想が次から次へと連なる、人生のコミカルな姿。これまでの天上的で輝きに溢れた音楽だったヴァイオリン協奏曲の性格を、一気に地上の人間世界の音楽に引き下げ、華々しい荘厳な音で着飾るのではなく、楽しむという純粋な輝きを放っています。そのためオーケストラ伴奏の響きは、色彩豊かでめまぐるしく変わる、とても陽気な仕上がりになっています。実に儚い。この曲の性格にアラン・ロンバールとストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団とのコンビは合っている。それにオーケストラの鳴りっぷりは素晴らしい。イデー・フィクスを解釈したオーケストラが見事に再現され、牧歌的でありながらサイケデリックが見事に表現される。その真骨頂が第2楽章「スケルツォ」。わずか4分の短い楽章に「これでもか!」というくらい技巧を駆使しつつ、オーケストラとヴァイオリンは諧謔のやりとりを繰り広げる、管弦楽のためのヴァイオリン協奏曲そのものです。独奏ヴァイオリンは技術的にも難易度が高く、とても不思議な響きを持った管弦楽といった、不恰好な曲ですが音楽として非常に面白い。そこも評価されたんじゃないか、長岡鉄男の外盤A級セレクション第1巻60掲載盤。
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