主人公の見た世界を見事に代弁する、小説を映画化した様な音の運びが好い。 ― 彼の作品では歌曲集『夏の夜』がわたしは一番好きだが、《幻想交響曲》以外の作品が然程知られていないものの、ベルリオーズがフランスの偉大な作曲家であることに異論のある人は少ないだろう。シューマンはベルリオーズをドイツの音楽界に紹介し、この《幻想交響曲》を自らの指揮で演奏したが、後になって「どこがいいのだか、よく分からなかった」と言ったそうである。1830年、ベルリオーズ27歳のときに作曲された《幻想交響曲》は、ハイドン→モーツァルト→ベートーヴェン→シューベルトと継承されてきた古典派交響曲の流れを、一気にロマン派の時代に引き寄せた作品です。〝モーツァルトの闇〟が、ショパン、リスト、シューマンが起こしたロマン派の音楽として息づいて、化現した一曲だろう。ロマン派の音楽には文学と切り離せない作品が少なからずあるが、ベルリオーズの音楽は、その中でも殊に文学的な指向が強い。文学的な背景をきっぱりと切り捨てて、聴くことは抗えず。物語の中に没頭せざるるして、ベルリオーズの音楽は心に響かない。聴き手の胸中に深く働きかける事を音楽の方から欲して来る。《幻想交響曲》では、失恋して阿片を服用した感性豊かな芸術家が幻覚に苛まれるさまが、シンフォニーという枠の中で描かれている。これは失恋を題材とした半自伝的な作品でもあり、ベルリオーズという人自身、とても感性の鋭い作曲家ではあったのだけれども、実際に阿片の服用者であったかは不確かながら、女装したとか、楽器ができないとか、ベルリオーズを奇才に仕立て上げようとするエピソードも、どうも事実を大袈裟にしている様で、ベルリオーズという人を見誤らせる類いの話である。ベルリオーズの音楽は、楽器の斬新な使い方と巨大なオーケストラ編成、不気味なハーモニーの多用、ロマンティックな旋律、各楽章に標題をつけ『恋人の主題』で一貫した物語の流れを作る等、それまでの交響曲の形式からはみ出ようとしているように見えながら、本質的にはとても全うで常識的だと私は思う。その点が、〝モーツァルトのジレンマ〟の燻りも臭う。《幻想交響曲》は5つの楽章に別れている。後半の二つの楽章が何やらグロテスクであり、圧倒的に面白いのだけれども、前半の二つの楽章のロマンティックな情景も色彩鮮やかだ。《幻想交響曲》のお薦めを問われたら、真っ先に思い浮かぶのは、やはり名盤中からシャルル・ミュンシュとのパリ管弦楽団、アンドレ・クリュイタンスとのパリ音楽院管弦楽団を筆頭に、1960年代から1980年代へ時代を追った歴史的な録音としてピエール・モントゥーとサンフランシスコ交響楽団、ジャン・マルティノンとフランス国立放送管弦楽団、シャルル・デュトワとモントリオール交響楽団から、まずは話題に上りましょうか。ロマン派音楽には違いないが、ドイツ的な感性からはほど遠いこの作品。ヘルベルト・フォン・カラヤンの解釈は、ミュンシュ以前の演奏様式の面影をとどめていて、序奏はあくまで序奏という感じであるが、ミュンシュ以降の指揮者は、多かれ少なかれ、彼の遺したレコードの影響を受けているようだ。序奏の恋人のテーマは、かつてはいかにも清楚でリリカルなテーマとして演奏されていたのだが、ミュンシュはそこに噴き上がるような熱い感情を込めていた。レナード・バーンスタインが《幻想交響曲》を録音したのは、唯一だが、もちろんミュンシュ的な解釈であり、バーンスタインらしく熱い音楽が繰り広げられる。この曲の代表盤の一つだ。さてロンバール盤はというと、色彩感よりも渋めの音色で勝負する重厚な演奏。明らかにミュンシュ路線を踏襲した演奏だが、独自の表情もあり、単なる真似ではない。第4楽章は『断頭台への行進』、非常に迫力ある響きが聞けるマーチの一つであり、オーケストラ音楽を聴く醍醐味。ロンバールはその期待を裏切ることなく、オーケストラの響きを最大限に引き出している。この演奏よりも激しく華麗な〝爆演〟は沢山ありますが、名高いストラスブール打楽器合奏団のグループが渾身の力を込めて叩き込んでくる。チューバを中心とした重厚さをベースとしながらも、弦楽器のグリッサンドが壮麗さを付与していてその対比バランスが絶妙な上に成り立っている。実に渋い演奏ですが、他ではなかなか聴くことの出来ない名演です。フィナーレは魑魅魍魎が次から次へと出てくる宴を表現する『ワルプルギスの夜の夢』、冒頭の骨太の低弦と繊細な高弦との対比からして不気味さの極みで、そこに更に重たい金管やティンパニのパートが乗ってくる。チューバの重たい響きは単に重たいだけではなくて、聞き手のハートを抉ってくるような凄みとパワーを感じさせる。『魔女のロンド』からラストにかけても大団円軽々しく煽ることなく、その重量感をキープして感動的。こういう音楽を重厚に振らせたら、現代の指揮者ではロンバールの右に出る者はいないのではないか?と思えるほど。弾むようなテンポ感は何と言ってもロンバールの魅力だ。いたずらに勢いに逃げるのではなく、物語の描写にも優れており、主人公の見た世界を見事に代弁する。小説を映画化した様な音の運びが好い。
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